第46話𓇋𓍯𓊃𓉔𓍯𓍢~予兆~
小さく息を吐き、こちらに向き直った彼は神妙な面持ちで語り始めた。
「さっき俺が言った言葉を覚えてるか? 悪意は
意味深な彼の言葉にホルスは思わず身を乗り出す。
「どういう意味だ。神殿での事件にお前も関わってるのか?」
「お前もすでに知っているとは思うがこの事件にはラーの思惑が深く関わってる。奴はイシスがかけた強力な呪いから逃れるべくアメミットを立ち上げ、日々朽ちていく体、魂の器を求め続けた。またセクメトを使って生死問わず神官達を拉致し、神格を上げるべく出生地である原初の丘で日常的に儀式を行っていた」
「待て、今呪いは母がかけたって……」
「知らなかったのか?」
ホルスの言葉に彼は顔をしかめる。
理解しているつもりだった。母だけじゃなく父とアヌビスの事も。だがこうして真実を知る度に、彼らの違った側面が見えてくる。事件が起きてからというもの、ホルスは幾度となく自分の無知と愚を思い知らされた。
「奴が何故イシスを標的としたのか、この事実だけでも二柱の間に深い因縁があった事は明白だ。何より俺という存在がそれを証明している」
彼は表情一つ変えず、淡々と語った。
「じゃあ至聖所で神官を殺したのも奴の仲間なのか?」
「……いや、誰が殺したのか俺も分からない。ただ——」
言い淀む彼にホルスはその続きを促す。
「俺達の知らない所で未知の力、思惑が働いている事は間違いない」
計り知れない何か。その存在をホルスも何となく感じていた。今目に見えている何者とも違う何かを。そして様々な思考を巡らせた末、ある結論に達する。
「とにかくセトとラー、こいつらをぶっ倒せば何か分かんだろ」
まるで考える事を放棄したかの如く単純な答えにラーホルアクティは呆れ返る。同時に複雑に絡み合ったこれらの問題をその一言で片付ける神経が彼らしいとも思った。
「んな難しい事考えんなって。迷ってたってやる事は同じだ。やるしかねえだろ? 少なくとも俺はその為にここに来た」
ホルスの言葉に重ねるようにウジャトが再び口を開く。
「肉体は消えても魂はまだこの世にある。貴方が本当に懺悔を望んでいるなら私達と共に戦うべきよ。それが生かされ、託された者の責務」
交互に見つめた二人のその瞳は純粋な光を帯び、いずれも自分を責め立てるようなものではなかった。彼は目を眩ませながらその光に手を伸ばす事を決めた。
***
「残念。さっきとはまるで逆ね」
イシスは自身を拘束する枷を軽々と解き、地面に這いつくばった男を見下ろす。
「国家神とはいえ半神の体では身動きも取れないでしょう。日々の儀式で力を取り戻しても所詮は付け焼刃。私の魔術など使わずとも簡単に捻り潰せる」
まるで狐に摘ままれたような顔でこちらを見上げる男にイシスは挑発的な視線を向ける。
「精神を病んだ厄介者を離れに閉じ込めた、私にも最初はそう見えていたけれど、予防線を張っていてよかったわ。まさか、こんなにすぐ裏切られるとは思っていなかったけれど」
そう言ってねめつけるようにネフティスを一瞥し、イシスは言葉を続ける。
「だから逆に利用させてもらったのよ」
「どういう事だ」
未だ状況の掴めない彼を憐れむようにイシスは冷笑を浮かべた。
「それを見てまだ分からないの?」
その言葉にラーは改めて自身を拘束する砂に目をやると、すぐに顔を強ばらせた。
「まさか、これはセトの
彼が驚くのも無理はない。砂を操る能力はセトが持って生まれた固有の力であり、誰もが使えるような魔術とは全くの別物だ。言うなればこの能力こそがセトを戦争の神たらしめるものの一つだった。
「ネフティスは私に次ぐ魔術の使い手。固有の力とはいえ、近いものを作る事は出来る。あの男を間近で見ていた彼女ならそれらを分析し、再現する事も不可能ではないわ」
「……この屑が俺の力だと?」
背後から響くその声にイシスは冷静に振り返る。二柱が繋がっているなら、彼がいずれここに現れる事は容易に想像出来た。それ故ラーとの会話、その駆け引きの最中、イシスは同時に彼への牽制も行っていたのだ。だが予想よりも遥かに早い再会にイシスは内心焦りを覚える。
「足止めをしたつもりだったのだけど」
紅血のような瞳。その男と視線が合った瞬間イシスは眩暈を覚えた。
「……足止め? 何のことだ?」
「問題ありません。俺が始末しておきました」
セトの背後から現れた人影に冷静を装うイシスの顔が歪む。
「……アヌビス」
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