第29話𓎡𓇋𓍯𓍢𓂋𓇋𓍯𓎡𓍢〜協力〜

「……ここは……。」


 アヌビスが目を覚ますと煤で黒く変色した天井が目に入った。そこで初めて自分がベッドに寝かされている事に気づく。


「お、お目覚めになりましたか。」

 上から降ってきた声にアヌビスはベッドから起き上がる。


「ッ……」

 ズキンとした胸の痛みにアヌビスは思わず顔をしかめた。


「ど、毒が完全に抜け切るまで安静にしていてください……。」


 やはり、あの地下道には侵入者を制裁する何かしらの仕掛けがしてあったのだ。


 でもどういう事だ?

 俺達はあの2人に見つかったんじゃ……。


 その前に——。

 アヌビスは目の前の男を見やる。


「お前、マギルだな。」


 気を失う前、アヌビスは彼の若き頃の面影を見たのだ。口元に指を当てる仕草に理解を示したのも、幼い頃彼が2人の世話係だったからに他ならない。


 男は目を細め、笑った。


「いかにも。私はマギルでございます。もうすっかり老いてしまって人相も大分変わってしまったので、お気づきにならないかと思っていました。実はバステト様から今回のお話を聞き、アヌビス様ならばと、私が仲介役を買って出たのです。——またお会いできて光栄でございます。」


「お前が突然いなくなって母は随分悲しんでいた。今までどこで何をしていたんだ。何故お前がバステトの神官に?」


「何も申し上げぬまま出ていってしまった事、弁明の余地もございません。ですが……不可抗力とでも申しましょうか、私にはどうする事も出来なかったのです。」


マギルの言葉にアヌビスは眉を寄せた。


「どういう事だ?」


「……この話は、またの機会に致しましょう。それより次の作戦を考える方が先です。」


 確かにそうだ。まず状況を整理しなければ。


「お前は毒にやられなかったのか?それにあいつらはどうした?何故俺達を捕らえなかったんだ?」


「定かではありませんがテフヌト様や私が効かないとなると、半神にのみ作用する毒か、或いは耐性の問題かもしれません。何故私達を捕らえなかったのか、もしかするとあちらにも何か事情があるのかもしれませんね。」


 半神にのみ作用する毒。もしそんな物が存在するのだとしたら俺は既に行き詰まっている事になる。


 まさか、あいつに気づかれているなんて事は——。


 最悪の状況が頭をよぎり、アヌビスは首を振った。


 とにかく今は一つずつ問題を片付けていくしかない。


「事情、か。なら敢えて接触してみるというのはどうだ?」


 セトが飛んでこない所を見ると、今回の事は彼にも報告していないのだろう。

 もしかすると、あちらも状況は同じなのかもしれない。


 アヌビスの提案にマギルは頷いた。


「成程。その事情次第では交渉に持ち込めるかもしれないですね。」


「じゃあ早速だが、テフヌト神の神殿に使いを頼めるか。まずはあの方に事情を伺うしかない。」


「承知致しました。アヌビス様。」


彼は深々と頭を下げ、部屋を後にした。


 彼が出ていくのを見送った後、アヌビスは深いため息をつき、再びベッドに倒れ込んだ。


 

 ——俺は、一体何をやってるんだ。


 敵の前で醜態を晒すのはこれで2回目だ。自分の無能さにいい加減腹が立ってきた。


 アヌビスがふとベッドの脇に目をやると、折り畳まれたパピルスが1枚落ちているのに気がついた。マギルが落としたのだろうか。その変色具合から、随分古いものの様に見える。


 それを拾い上げ、中を開いた瞬間アヌビスは息を飲んだ。



「殺す。どんな手を使っても必ず。」


 そこには当時の自分の字でその決意が綴られていた。亡き父に宛て、セトを打ち倒すことを誓い書いた手紙だ。


 何故これをマギルが?

 

 これは幼い頃、忍び込んだ宿舎で見つけた父の銅像の間に挟んだものだ。セクメトとの戦闘で瓦礫の下に埋もれてしまったと思っていたのに何故——。


 しかしマギルは気付いたはずだ。自分がこれからしようとしている事に。


 それを知っていて尚、協力しようというのか。



 全く——。どいつもこいつも物好きばっかだ。


 アヌビスは俯き、ふっと笑った。

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