第28話𓏏𓇋𓎡𓄿𓂋𓄿〜力〜
もっと強く——。
強くならなきゃ——。
ホルスはベスが修行用に設置した丸太を昼夜問わず無心で打ち続けている。休むことなく打ち込まれた丸太は所々抉れ、歪な形になっていた。
トトの修行を受けてからというもの、ホルスはまるで何かに取り憑かれたように修行に明け暮れるようになった。
その顔にはいつも何かに追われているような鬼気迫るものがある。しかし何がそれほど彼を駆り立てているのか、聞いたところで答えてはくれない。
トトは心配になり、観測の傍ら時々盗み見るようにしてその様子を伺っていた。
「——ッ」
ズキンとした右目の痛みにホルスはやっと動きを止める。
最近ずっとこんな調子だ。疲労が溜まっているのか、足元さえもおぼつかない。
強くなりたいと焦れば焦る程、体がそれについて行けなくなり空回りする。
ホルスはそのもどかしさに唇を噛んだ。
こんなんじゃ……。
神上がる事はおろか、セトを倒す事なんて無理だ。
数日後——。
トトが観測を終え、丸太の前を通りかかると既にホルスの姿はなかった。
今日は随分早く切り上げたな。
余程疲れが溜まっていたのだろう。まだ完全に日も暮れない内に小屋へ戻ったようだ。
トトはその丸太をまじまじと見つめた。
一体どれだけの時間打ち続けていたのだろう。抉られ、亀裂が入ったその丸太は日々の修行の激しさを物語っている。
その歪な形にトトは何かに気づいた様にはっと目を見開く。
——まさか。
その事実に気付いた時、トトは暫くその場から動けなくなった。
早朝、いつものように小屋を出ていくホルスをトトが呼び止める。
「おはようホルス。よく眠れた?」
いつも観測に夢中でろくに挨拶も交わさないというのに今日に限って、しかもトトの方から挨拶してくるなんて。
「ああ……。」
ホルスは曖昧に返事をしてトトを避ける様に丸太へ向かう。
「今、どのくらい……?」
トトの質問にホルスが立ち止まる。
「どのくらい見えなくなってるの?」
ホルスは驚いてトトの方を振り返った。
「よくふらつくようになったのも、激しい修行の疲れからだと思い込んでた。でも本当は平衡感覚が狂い始めているから。——それにあの丸太、右だけ抉れ方がまばらなんだ。狙った場所に打てていないんだよ。」
ホルスは何も答えず、ただ黙ってトトの言葉を聞いている。
「それは全部君の右目が視力を失いかけているから。」
その言葉にホルスは無言のまま俯く。
「一体いつからなの……?」
トトは何も言わないホルスの肩を揺する。
「言ってくれなきゃ、君は片目の視力を失う事になるんだよ?」
「目が霞む様になったのはあの修行の翌日。それも言おうとしたんだ。でも……声が聞こえて……。」
「……声?」
トトはその言葉に眉を寄せる。
「最初は呻き声にしか聞こえなかった。けど日を追うごとにはっきりと聞こえるようになって……それが言葉だって気づいたのは最近になってからだ。」
数日前
いつものように丸太の前に立ったホルスは右目の見え方に違和感を感じた。視界が欠けている事に気付いたのだ。
これは流石にまずい。
そう思い、1度トトに診てもらおうと振り返った時だった。
『——ホルス。お前は力が欲しくはないのか?』
ふいに頭の中に響いたその声にホルスははっとして辺りを見回した。
『せっかくのチャンスを棒に振るとは愚かな。お前は視力を失うのではない。新たな力を手に入れるのだ。』
「お前は誰だ。何で俺の名前を知ってる?」
しかしホルスの問いに声が答える事はなかった。
「……その声を君は信じたのか?」
ホルスは拳を握り、苦悶の表情を浮かべる。
「……俺だって、それが怪しいものだっていうのは分かってた。でも今はとにかく力が欲しい。半神の俺が一人前になる為に選り好みなんてしていられるか。それが例え怪しい力でも、あいつを倒す為ならどんな力だって使うさ。……だって俺が強くならなきゃ父上も、アヌビスだって浮かばれないだろ……!」
その言葉にトトは静かに頷いた。
「……君の言い分は分かった。」
ヒュッと空を切る音に、ホルスはすかさず顔の前に手を出した。
見事その右手に受け止められた拳をトトはゆっくりと下ろす。
「……そんな力がなくたって君は十分強いよ。そしてまだまだ強くなれる。——僕が保証する。」
その言葉にホルスはまた俯いた。
「だからその目を僕に診せてよ。——必ず治してみせるから。」
乾いた砂に一滴の雫がポトリと落ちた。
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