第23話𓉔𓇌𓈖𓇋𓍯𓍢~変容~

 居場所をなくし、その存在ごと葬られたネフティスはイシスの神殿へと足を踏み入れる。


 自分にとって牢獄であった場所に未練などない。自分の息子に改めて感謝した。


 その思いが伝わる事はなくとも、今度こそ母親としてあの子を救いたい。

 

 ネフティスはそう心に決めていた。


 イシスは思わず後ろを振り返り、訝しげに妹を見る。


 何故何も聞かないの?


 イシスは神官の姿がない事に何も言及してこないネフティスに違和感を覚えた。


「神官達の事——。」

 ふいにネフティスが呟き、イシスは思わず足を止める。



「残念だったわね。」


「……え?」


 イシスはその言葉の意味が分からずネフティスの顔を見る。

 その様子に今度はネフティスが驚いた。


「巡礼を志願して皆、亡くなったって……。」


「ちょっと待って、志願って何?——それに今亡くなったって言った?」

 イシスは混乱してその場に固まる。


「……まさか、何も聞いていないの?」


 イシスは目の前が真っ暗になり、その場にしゃがみこむ。


 亡くなったってどういう事?


 イシスは自分の大切な者が目の前から次々といなくなっていく事に恐怖を感じた。


 ネフティスの手が気遣うように肩に触れる。


「巡礼って何? 誰から聞いたの?」

 その心配をよそにイシスはネフティスを問い詰める。


「太陽神の聖地に祈りを捧げる儀式。セトの神官にそう聞いたわ。」


 ラーの聖地に?

 何故今更。

 それに——。


「何故セトの神官がそれを知っているの?」


 その質問にネフティスは当然のように答えた。



「何故って、あの2人が繋がっているからよ。」


 やはり、とイシスは思う。


 ラーがセト派だという事に薄々気づいてはいたのだ。


 でなければ、あの日2に殺されかけた理由が分からない。



 そしてイシスは気づいてしまった。

 ラーの目的とその理由に。


「あの男は私を恨み、娘を使って嫌がらせをしたのね。通りでやり方が回りくどいと思ったわ。……まさか、至聖室の神官を殺したのも……。」


 アメミットなどと名乗り、息子達を狙ったのだとばかり思っていたが。

 半神を殺すだけなら神殿に潜り込む必要などないのだ。

 わざわざ神官になりすました理由はそれか。


「——目には目を、という訳ね。」


 まさか原因が自分だったなんて。

 イシスは自嘲するように笑った。


 ラーに呪いを掛けたのは自分だ。

 しかしそれは彼から王座を守る為。

 国を憂いての事であり、私欲の為などでは決してない。


 結果的にラーではなくセトにその座を奪われてしまった今となってはその努力も意味のないものとなってしまった。


「ネフティス。貴方私に協力するって言ったわよね?」


「……え、ええ。」


 不気味な笑みを浮かべる姉にネフティスは恐怖を抱いた。だがその気持ちも分からなくはない。

 

 大切なものを次々に奪われて黙っていられる訳がないのだ。


「あの2人から全てを奪う。……いいえ、取り戻すわ。エジプト随一と謳われる私の魔術から逃れられる者などいない。」


 姉の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったネフティスは閉口し、ただ黙って見ているしかなかった。




***



「今こそあの女から全てを奪う時だ。」


 聞いているのかいないのか、男はこちらに目を向けようともしない。

 目上の者に対する敬意などこの男には皆無だ。


 ラーの鋭い視線に男はやっと視線を戻す。



「ああ。聞いてますよ。……で、何でしたっけ?」


 ふざけているのか、この男は。

 捨て置くことも出来るが、優秀なのもまた事実だ。


 医術の知識と技術にかけてこの男を置いて右に出る者はいない。

 それどころか、あらゆる分野に精通しているこの男にとってこの自分ですら消されるのではと思う程その実力には底知れぬものがある。


 また、言われた事は忠実にこなすが、決して仲間に加わろうとはしない。

 飄々とした態度で中立的な立場を保っている。


 まるで監視されているようだとラーは思った。



 ——気味の悪い男よ。



 エジプトの最高神であるラーにここまで言わしめるこの男こそ、知恵の神トトなのである。



「イシスの事だ。あの女のせいでわたしは日々死の恐怖に襲われながら生きる羽目になったのだ。」


「さすがイシス。」


 トトが思わずそう呟くとラーの眉間に皺が寄るのが分かった。


「いえ、気のせいです。僕は何も言ってません。」



「呪いにかかった後、お前の尽力で何とかこの世に留まる事ができたが、それでも日々代わりの体が必要なのは不便極まりない。呪いを解く方法はまだ見つからないのか? ……それが出来ないのならあの女を殺す方法を考えろ。」



「……あ、僕ちょっと用事思い出しちゃったので戻ります。」


適当な断り文句が思いつかず、トトはその場を逃げるようにして立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る