第18話𓎡𓄿𓈖𓋴𓍯𓎡𓍢𓋴𓉔𓄿〜観測者〜
「……何だって?」
トトの言葉にホルスは思わず聞き返す。
「僕は知恵の神トトだ。……だからこの世の大抵の事は把握してる。」
この少年が神?
しかも文明や秩序を作ったってどう考えてもおかしい。
ホルスは目の前の少年に疑いの目を向ける。
秩序だか何だか知らないが、とてもそんな事をやってのけるようには見えない。
「……まぁ僕の事はどうだっていい。それより君の目について語りたいんだけど。」
また目の事か。
ホルスはため息をつく。
自分にとって何の変哲もないこの目がトトには全く別のものに映っているとでもいうのだろうか。
「……君はこの前の火事の事を覚えてる?」
そう聞かれてホルスは思わず身を乗り出した。
覚えているも何もあの火事のせいで自分は謹慎を余儀なくされたのだ。
「君の声は僕にも聞こえたよ。……寝不足でやっとウトウトしていたとこだったから殺意が湧いたね、アレには。」
返す言葉もない。
ホルスは再び平謝りするしかなかった。
「あの火事を引き起こしたのは紛れもない、僕自身だ。」
「……え?」
ホルスは思わず固まった。
「どういう事だよ。今謝った俺の気持ちを返せ。」
憤るホルスを横目にトトは涼しい顔をしている。
「致し方ない。いわば必要悪だよ。」
トトは相変わらず感情の読めない顔でそう言った。
幸いあの火事で命を落とした者はいなかったが、皆の命を危険に晒した事に変わりはない。
それのどこが必要悪だというのだろう。
ホルスの顔に再び怒りの色が浮かんだ。
「僕が何故こんな辺鄙な所に小屋を建ててるのか分かる?…実はあそこに『宇宙』があるからなんだ。」
トトは何食わぬ顔でそう言って小屋の外を指差す。
砂漠と暗闇の間にぼうっと光る何かが見える。
「この世における僕の役割は『観測』と『監視』。あそこからは全てが見える。世界の流れを把握し、正しい方向へ導くためにいつも監視しているんだ。今回の火事はその軌道を修正する為にどうしても必要だった。」
「……言ってる意味がまるで分かんねえ。その世界ってのは人や神の命よりも大事なものなのかよ。」
人や神あっての世界ではないのか。
いくら世界を守ろうと住む人がいなくなってしまっては元も子もない。
「じゃあ聞くけど、君は母親が命を落としてもよかったと言うの?」
火事と母に何の関係があるんだ。
ホルスは訳も分からずトトを見た。
「僕としても彼女を失うのは痛いと思った。あれだけの魔術の才を持った神はイシス以外にいないからね。それにとても思慮深い人だ。まさにこの世界に必要な人だよ。……だから火事を起こしてでも彼女を救ったんだ。」
「ま、待て。じゃあ火事が起きなきゃ母は……死んでたってのか?」
トトは当たり前だという様に頷いた。
「あの日イシスはシュウとテフヌトの神殿にいた。…理由は分からないけど何やら揉めているみたいだった。何を思ったかついには2人で彼女を絞め殺そうとするものだから僕は慌てて神官に言ったんだ。近くの森に火を放てと。」
2人が母を殺そうと?
ホルスは信じられないという風に頭を抱えた。
母にとって彼らは祖母であり祖父である。
いわば血の繋がった親族であるというのに何故そのような事を…?
「でもだからって……。」
火を放っていい事にはならない。
確かに母は偉大な神で、ホルスにとってもこの世界にとっても、なくてはならない存在であることは間違いない。
しかしそんな個人的な理由で彼の言う世界の流れを変えてしまっていいのだろうか。
彼の言う正しい世界とは一体何なのだ。
しかしそんなホルスの言葉を遮るようにトトが言った。
「そんなのは結果論だよ。君だって母親に死んでもらったら困るでしょ?君も結局他人の命と母親の命、どちらかをふるいにかけているんだ。……僕と同じだよ。」
トトにそう言われてホルスは押し黙る。
トトの言う通り結局のところ、自分も家族が1番大事なのだ。セべクと修行した時もそうだった。
だけどそれは悪い事じゃない。
自分に守るものがあるからこそ同じく人の気持ちを汲むことが出来るのだ。
ホルスはそう自分に言い聞かせる。
「……そこで本題だけど君、火事が起きた時何か感じなかった?」
そう言われてホルスはあの日を振り返る。
「……特に何も。」
きょとんとした顔でそう答えるホルスにトトはため息をつく。
「火事が森全体に燃え広がっているのを見て君はこう思った筈だ。『何故誰も気づかなかったんだ』と。」
言われてみれば、とホルスは当時を振り返る。
確かにそう思った。あんなに火が回っていて誰も気づかない筈がないと。
「僕も驚いたよ。だってあの火事はもう少し後に起こる筈だったんだ。」
ホルスは言葉の意味が理解出来ずトトを見る。
「それは……どういう意味だ?」
これは憶測だけど、と前置きしてトトは言った。
「観測者の僕が思うに、君の目は未来を見てる。」
未来…?
俺が?
途方もない話にホルスは口をぽかんと開けたまま唖然とした。
「と言っても常にという訳じゃない。普段は通常の目としての役割を担っていて、おそらく何かの拍子で見えてしまうんだろうね。」
ホルスは自分の目を確認するかのように瞬きをした。
「多分意図的には見えないよ。覚醒すればその可能性はあるけどね。……僕は観測者としてたくさん世界を見てきたけど、そんな目を持つ神を見たのは初めてだよ。やはり君の目には可能性があるね…実に興味深い。」
トトの目が再びホルスを捉える。
「……いや、こっち見んなよ!」
今度こそ本当に目を抉り取られるのではないかと不安になったホルスは思わず後ずさった。
「暴露ついでにもう一つ、君に話しておきたい事がある。」
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