番外編 𓍯𓎡𓇋𓈖𓇋𓇋𓂋𓇋〜アヌビスの好きなもの〜
人には誰しも、愛してやまないものがある。それは神とて同じ事。
自室にて歴史書を読みふけっていたアヌビスはふと顔を上げる。夢中になりすぎて辺りが暗くなっている事にも気付かなかった。夜目が利くというのは、必ずしも利点ばかりではない。これはアヌビスにしか分からない持論である。何しろ他の事に気を取られた分だけ彼女との時間が減ってしまうのだ。
アヌビスが慌てて燭台の蝋燭に火をつけると、ぼんやりとした明かりが辺りを照らした。
「キオネ」
アヌビスは椅子にもたれ掛かりながら眷属の名前を呼んだ。
「お呼びでしょうか」
いつも通り淡々とした声がアヌビスの耳に響く。
眷属とは神の使いだ。見る者を圧倒するその姿は神々しく、他の動物とは一線を画す、もはや別次元の生き物である。
「食事の時間だ」
アヌビスはそう言ってキオネの頭にそっと手を置いた。食事といっても、人間のように食べ物を摂取する訳ではない。彼らにとっての食事は自らが仕える神の霊力である。
だがその為に時間を決める必要はなく、彼らを呼び出す必要もない。本来ならば彼らは自身のタイミングで好きな時に霊力を摂取出来るのだ。
しかしアヌビスがそうしている理由は単純だ。
『キオネを溺愛しているから』である。ただ触れ合いたいが為にわざわざ呼び出している。本人は上手く取り繕っているつもりだが、その隠しきれぬ愛情は周囲にも駄々漏れだった。
「お、餌の時間か」
農作業を終え、戻ってきたホルスが外から顔を出す。
「餌じゃない。食事だ」
同じだろ、言おうとしてホルスはその言葉を飲み込む。反論すると口を聞いてくれなくなるからだ。酷い時にはそれが何週間と続く。
「前から思ってたんだけどキオネってさ霊力食った後フンとか出さねえの?」
ホルスは悪気なく、思うままにその疑問を口にした。
——ガンッ!
瞬間、目の前の扉がもの凄い勢いで閉じられ、ホルスは訳も分からずその場に佇むしかなかった。
「……何で?」
それから一か月アヌビスが口を利いてくれることはなかった。
後日恐る恐る話を聞くと、どうやらキオネの性別はメス。つまりレディにそんな事を聞くな、という事らしい。
普段性別など微塵も気にしない男がキオネの事となるとまるで違う。相当なこだわりを持って彼女に接していることが分かる。
またしてもアヌビスの逆鱗に触れてしまったホルスは機嫌を直してもらう為、後日キオネにお詫びの品を贈る事にした。
数日後。
アヌビスの机には数本のマタタビが置かれていた。一体どこから仕入れたのか、東洋で飼われている猫が好きだという代物の横にはホルスが書いたであろうキオネの絵も添えられている。本人としては真面目に描いたのだろう。しかし馬鹿にしているとしか思えないその絵面は見るに堪えない。
アヌビスがその後数か月に渡って無視を決め込んだのは言うまでもない。
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