番外編 𓍯𓎡𓇋𓈖𓇋𓇋𓂋𓇋〜アヌビスの好きなもの〜
人には誰しも、愛してやまないものがある。それは神とて同じ事。
自室で本を読んでいたアヌビスはふと時計を見やる。
時刻はすでに夜の第2時(※注)を過ぎていた。
もうそんな時間か。
「キオネ。」
アヌビスは椅子にもたれ掛かりながら眷属の名前を呼んだ。
「お呼びでしょうか。」
淡々とした声がアヌビスの耳に響く。
「ご飯の時間だ。」
アヌビスはキオネの頭を撫でながら囁くように言う。
ご飯と言っても人間のように食事をとる訳ではない。眷属にとってのご飯とは自身が仕える神の魔力の事を指している。
しかしアヌビスの様に眷属を実際に呼び出す必要はないし、時間を決める必要もない。
眷属が己のタイミングで主の魔力を吸えばいいだけの話なのだ。
しかしアヌビスが敢えてそうしている理由は単純だ。
キオネを溺愛しているから、である。
触れ合う機会を増やす為、これ以外の何物でもない。
勿論彼がそれを顔に出す事はない。
本人は上手く隠しているつもりだがそれは周知の事実だった。
「お、餌の時間か。」
畑仕事をして戻ってきたホルスが扉から顔を出す。
「餌じゃない、ご飯だ。」
同じだろ、と言おうとしてホルスはその言葉を飲み込む。
それを言うとまた口を聞いてくれなくなるからだ。酷い時は1週間無視され続ける事もある。
「前から思ってたんだけどキオネってさ魔力食った後フンとか出さねえの?」
ホルスはまた何の悪気もなく、思うままに疑問を口にした。
——ガンッ!
瞬間、石扉がもの凄い勢いで閉められ、ホルスは訳も分からずその場に佇むしかなかった。
「……何で?」
それから一か月アヌビスが口を利いてくれることはなかった。
後日恐る恐る話を聞くと、どうやらキオネの性別はメス。
つまりレディにそんな事を聞くな、という事らしい。
普段性別など少しも気にしない男がキオネの事となるとまるで違う。相当なこだわりを持って彼女に接していることが分かる。
またしてもアヌビスの逆鱗に触れてしまったホルスは、機嫌を直してもらう為キオネに何かお詫びの品を贈る事にした。
数日後。
アヌビスの机には猫じゃらしとマタタビが置かれていた。
そして傍らにはホルスが書いたであろうキオネの絵が添えられている。
本人は懸命に描いたのであろうが、バカにしているとしか思えないその絵面は見るに堪えないものだった。
アヌビスがその後数か月に渡って無視を決め込んだのは言うまでもない。
(※注)19時~20時
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