第7話𓍢𓈖𓅓𓇌𓇋〜運命の日〜
神格というのは端的に言えばこの世界における神の位を表し、その神の持つ力や影響力の強さを示す一種の指標となる。
それは
一悶着終えた一行はセべクの神殿に招かれ、まずその立派な様相に度肝を抜かれる。
加えて神殿の敷地は広大で、自身が住むそれとは比べ物にならない。
「こんなでっけえ神殿初めて見た……。」
羨望の眼差しを向けられたセべクは困惑した様子で答えた。
「ここが建てられた当時私は神上がって間もない半可な神でした。しかしナイル川を守護するうち、何故か人々からは軍神として崇められるようになったのです。セトが王座に就き、各地で戦争を引き起こすせいで、図らずもこの様に巨大な神殿が出来上がってしまった訳です。」
「そりゃあんなでかくて狂暴なもん飼い慣らしてりゃ軍神とも呼ばれるわな。」
ホルスと共に何食わぬ顔で聞いていたクヌムがすかさず口を挟む。
「私、争い事は嫌いなんですよ。」
セべクは愚痴をこぼすかの様に不満げに呟いた。争いを好まない神が軍神として崇められるとは皮肉なものだ。
しかし見事な装飾や壁画に圧倒される一方、目線を落としてみると石製の質素な家具ばかりが並び、何ともちぐはぐな光景に頭が混乱する。
「立派なものを建てて頂いて何ですが、何だか落ち着かなくて……。せめて家具だけはと、自分の趣味で揃えた結果この様な有様に。いやお恥ずかしい。」
ホルスの胸中を知ってか知らずかセべクは弁明するように言ってどうぞ、と椅子を引いた。
勧められるまま椅子に座ると、クヌムが急にホルスの肩に手を置いて言った。
「こいつはホルス。この国の王になりてぇんだと。」
あまりにも唐突で粗雑な紹介にホルスは思わず彼を凝視した。
「それはまた、大層な夢ですね。」
セべクが苦笑するのも無理はない。言葉足らずにも程がある。
「俺はオシリスの息子なんだ。父の無念を晴らしたいと思うのは当然だろ?」
ホルスの言葉に切れ長の目がはっと見開かれる。
「成程、貴方がオシリス様の……。神という立場でありながらこの言葉を使うのは
柔らかい、けれどどこか悲しげな笑みを浮かべながらセべクは続けた。
「あの方はまさに名君でした。人間からも神からも慕われていた事は間違いありません。」
生前の父を知る人物に会うのは母以外では初めてだったホルスは思わず身を乗り出した。
「父上に会ったのか?」
「ええ。……私はオシリス様が殺された日そこに居合わせたうちの1柱ですから。」
ホルスは胸が締め付けられる思いがした。しかしそれでも息子として目を背ける事はできない。
聞いておかなければならない。
父の死に際のその一部始終を。
「聞かせてくれ。父上がどんな最期を迎えたのか。」
ホルスの言葉にセべクの顔が戸惑いの色を示す。
「宜しいのですか?このお話は息子の貴方には少々堪えるものかと。」
顔色を変えず真っ直ぐ見つめ返すホルスに対してセべクも覚悟を決めたようだ。小さく息を吐いて分かりました、と言った。
「あの日はひどく雨が降っていました。」
セべクは当時を思い出すように目を細める。
「川の氾濫を案じた私が見回りを行っていた時でした。青々とした川の水がみるみるうちに赤く染まっていったのです。」
ホルスは背筋がサァっと冷たくなるのを感じた。自分から言い出したとはいえこの後父の惨劇を聞かされるのだと思うと、その額には自然と汗が滲む。
「私は急いで川の上流へ向かいました。すると肩を落とし泣き崩れるイシス様と妹のネフティス様、そしてその胸に抱かれる幼子が泣きじゃくっているのを目にしたのです。そして嘆き悲しむ2人の目線の先に転がっていたのは全身をバラバラに切断されたオシリス様の亡骸の一部でした。」
それがどれ程の凄惨な現場だったか容易に想像がつく。ホルスは耳を塞ぎたくなるのを必死に堪え、代わりに額の汗を拭った。
「遺体を繋ぎ合わせれば復活できるかもしれないと、私たちはオシリス様のバラバラの遺体を探し集めました。しかし体の一部がどうしても見つからなかったのです。持って数日の命だと悟ったオシリス様は、冥界に下るまでの数日間で貴方を産み、そしてナイルの守護神としての腕を見込んで、私に遺言を残されました。」
セベクはそう言って立ち上がりこちらに歩み寄ったかと思うと、その右腕が突如空を切る。
それは抜剣の動きそのものだった。その証拠にいつの間にやら彼の左手にはしっかりと剣が握られている。
「セべク……?」
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