第8話 大団円

 捜査本部の中でまず分かったこととして、死亡推定時刻は、深夜の午前零時から二時の間くらいではないか? ということであった。凶器は胸に刺さっていたナイフ、心臓を一突き、争った跡もなく、出血もさほどしていないということから、推察通り、いきなり不意に襲われたというか、顔見知りの犯行ではないかということであった。

 さらに、被害者を刺したナイフから、指紋は検出されなかった。手袋をしていたということであろう。被害者も返り血を浴びているはずなので、最初は外套か何かを着ていて、脱いでから、逃走したのではないかと思ったが、それは防犯カメラの映像が、それらの想像を証明していた。

 だが、さすがに犯人の顔の確認に至るまでではなく、捜査は、進んだわけではなかったのだ。

 ただ、一つ捜査方針として、

「顔見知りの犯行」

 ということだけは決まったので、会社へ訪ねてみることにした。

 会社に出かけていって、直属の上司に聴いてみたのだが、

「ああ、矢田君というのは、実は我が社の取引先の息子さんで、いわゆる、御曹司なんですよ。いずれ、そちらに戻って重役か、社長になられるんでしょうが、それまでのつなぎというか、勉強だったんですね。一応、こちらでも、取締役に名を連ねてはいますが、それも名前だけのようなもので、会社の人間の中に親しい人というのは、いないと思いますね」

 ということであった。

 そこで、クローズアップされたのが、奥さんの仕事である、

「性風俗関係」

 であった。

 会社の聞き込みの中で、一つ気になる聞き込みがあったのだが、

「矢田さんという人、どうも、ソープランドに通うのが好きだったみたいなんですよ。お金もあるし、そんなにブサイクというわけでもないし、自分の立場を鼻にかけるわけではない。普通にモテそうな感じがするんですけどね。まあ、奥さんがいるからなんでしょうが、不倫ということをするような人ではなく、そのかわり、ソープランドに通うのが好きだということでした」

 というので、

「それは誰から聞いたんですか?」

 と刑事が聞くと、

「ああ、本人が言ってましたよ。私も、お金があれば、ソープとか行きたいと思っているので、風俗業を毛嫌いするようなタイプではないので、話しやすかったんでしょうね。矢田さんはあまり目立たない性格でしたけど、かといって、内に籠るというタイプでもない。時々誰かと話をしないと、ストレスから身体を壊してしまうタイプだったのかも知れませんね」

 ということであった。

 それを捜査本部に帰ってから話すと、

「奥さんもソープの仕事をしているということだったけど、旦那は奥さんの仕事を知っていたんでしょうかね?」

 というと、

「いくつか考えられるが、まず、まったく知らなかったというパターン、もう一つは知っていたというパターン。この場合には、ばったり旦那が行ったお店で、奥さんと鉢合わせしたということもありえる。おちろん、旦那が様子が変だと思って調べたということも考えられるが、自分もソープ通いをしているのだから、奥さんに文句が言える立場にはないだろうね。今のところ、奥さんの線と、奥さんにストーカーがいて、そいつがやったという考え方もあるかも知れないな」

 と一人の刑事が言った。

「でもですよ。最後の意見は、少し違うかも知れませんね」

 と辰巳刑事が言った。

「どういうことですか?」

「だって、状況的に、顔見知りの犯行の可能性が高いということであれば、旦那は犯人を知っていたということになる。ストーカーになるくらい奥さんをお気に入りにしている犯人が、まさか、旦那と知り合いだというのも、どこかおかしな気がしませんかね?」

 と辰巳刑事がいう。

「なるほど、確かにそうだな。とりあえず、奥さんと、その周辺を洗ってみることにするかな?」

 ということで、奥さんの周辺を洗うことになった。

 奥さんは、旦那の葬式や何かで、お店をしばらく休むことになった。そこで、辰巳刑事は、お店に聴いてみることにした。

「ああ、なごみさんのことですね。旦那さんはお気の毒なことだと思います。奥さんが店で働いているということを旦那が知っていたかどうかということですか? ええ、それは知っていたはずですよ」

 と、スタッフは言った。

「どうして、ハッキリ分かるんですか?」

 と辰巳刑事がいうと、

「だって、なごみさん自身が言っていましたからね。本当は身バレしないように、待合室に入った客をモニターで確認できるようになっていたんですが、その日はたまたま、モニターが故障していて、機能しなかったんです。マジックミラーで見てもらったんですが、正直ハッキリと分からなかったんですね。しょうがないので、断るわけにもいかず、お客様をご案内したんですが、終了時間まで、何ごともなかったので、問題なかったと思っていたんですが、なごみさんが落ち込んでおられたので聞いてみると、旦那だというではないですか。私は、なごみさんは辞めてしまうかも知れないと思ったんですが、数日暗くはありましたが、すぐにいつものなごみさんに戻ったので、安心していたんですよ」

 というのだった。

「ちなみに、そのなごみさんですが、彼女にストーキングを掛けるようなお客さんはいませんでしたか?」

 と聞かれて、

「私どもには分かりませんね」

 といって、この話にはあまり、してほしくないというスタッフのかんじだった。

 これが、店の雰囲気からのことなのか、それとも、本当は何かを知っていて、それが知られることを恐れているのか分からなかった。

 警察も少し考えてみたが、どうも、今回の殺人事件に、奥さんの仕事のことが関係しているというのは、間違いないようだった。

 さて、帰ろうとしたところに、店長がやってきて、

「すみません。ちょっとこちらに」

 と言われ、店長室に入れてもらい話を聞いたのだが、

「これは、なごみさんから聞いたお話だったんですが、このことは店では私しか知りません。実は、なごみさんのお客さんで、一人、他のお店の知り合いのソープ嬢に一人の客を誘導したことがあるといっていたんです。どこの何というソープ嬢なのかということは聞いていますが、もちろん、客が誰なのかということは知りません。そちらに行かれてはいかがですか?」

 という。

「どうして、自分の客を別の店に紹介したりしたんですか?」

 と刑事が聞くと、

「どうやら、その客は飽きっぽい人で、すぐに自分に飽きて、どこかに行ってしまうと思ったらしいんです。本人もそんなことを言っていたということでしたからね。だったら、どこの誰とも知らない人に行かれて、まったく分からなくなるよりも知っている人に行ってもらう方が、相手も客が来てくれて喜ぶだろうしと思ったようなんです。それが、話を聞いてみると、その客と紹介した女の子が、実は前から知り合いだったというじゃないですか? もちろん、客と嬢としてですね。あまりそんなことをする人はいないだろうから、してもいいのかって私のところに来たんですよ。だから私もよく分からなかったので、反対はしなかったんですが、彼女には、他の人に言わない方がいいと、口止めはしましたね。だから、彼女も誰にも話はしていないと思います。ただ、これが今回の旦那さんが殺されたことと関係があるかどうか分からないので、刑事さんも、他言無用でお願いします。もっとも、捜査であればしょうがないのでしょうが」

 と店長は言った。

「これはわざわざありがとうございます。ご忠告はもっともなことです。我々も捜査以上のことは言いませんので、ご安心ください」

 といって、聞いた店に行ってみることにした。

 そして、その店に行って、つかさ、いや、現在のりなに会ったのだ。

「ああ、確かにそういうお客様はいますね。私の前のお店で何度かお相手をしてから、私が一度引退したんですが、復帰してからこの店に来て、しばらくして彼が来てくれました。すると、なごみさんからの紹介だというじゃないですか? 私はうれしかったですね。なごみさんにも、その彼にもですね。だから、私のお客さんで、いろいろなお店に行ってそうな人に、なごみさんの話をしたりしましたよ。なごみさんとは、お互いにそういう関係ですね」

 とりながいうので、

「じゃあ、なごみさんが、主婦で旦那さんがいるのもご存じですか?」

 と聞かれたりなは、

「ええ知っていますよ。でも、何か最近殺されたんですって? なごみさんから連絡が来てビックリしています」

「旦那さんは直接知らないんですか?」

 と聞かれたりなは。

「それが、私のお客さんとしてきてくれた時期があった人だったんです。今は他にも行っていると言ってましたけどね」

「どんな客でしたか?」

 と聞かれ、

「そうですね。なんでも、プラス思考に考える人だったかな? お花畑的な発想というのか、でも彼が裕福な家庭に育った御曹司だというのを聞いて、ああ、なるほどって思ったんです。だから、私はそんな彼が可愛くて、過剰なサービスをしたんですが、それがあだになったのか、一時期、私のストーカーのようになったんです。出待ちをされたりもしたし、表で札束を渡して、自分とつき合ってほしいなどと言い出したんですよね」

「それでどうしました?」

「もちろん、キッパリとお断りして、風俗嬢がどういうものかって教えてやりましたよ。でも、まさかその時はあの人が、なごみさんの旦那だとは知らなかったですね」

 というではないか。

 それを聞いて刑事は、

「ひょっとして、このりなという女のこの時の言葉で、旦那は女房のなごみという風俗嬢に対して不信感を持ったんじゃないだろうか?」

 とも感じた。

 もし、そうだとすると、なごみは、りなに恨みを持つかも知れない。その報復が、例の紹介した男だとすれば?

 そう、草薙という男は、二人のオンナの確執。さらには、夫婦間の不信感の中にあって、体よく利用されたのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、

「何か、この問題は複雑なのだが、一つが分かると、すべてが繋がるのかも知れないな」

 と辰巳刑事は思ったのだ。

 一つ言えることは、

「なごみ、りな、両方の風俗嬢にとって、旦那は邪魔者だっただろう。奥さんのところに戻ろうとしても、奥さんの職業を毛嫌いして、結界を作ってしまったのかも知れない。なごみは、そんな旦那の本心が分かるのだろう。そうすると、どうしても旦那に対して、夫という気持ちになれないどころか、店にやってきて、ほぼ強姦のような辱めを受けたなごみは、復讐を考えたのかも知れない」

「さて、そこに持ってきて、つかさ(りな)の方も、ひどいことを言ったという後ろめたさがあることで、旦那に対して逆らえないような気持ちになった。ひょっとすると、そこか自分の中でスイッチが入り、好きになったという感情とは別の愛情が芽生えたのかも知れない。いわゆるM性というべきか、従わずにはいられない感覚である」

「そんな中、なごみはつかさに恨みがあった。そして、旦那にも正直殺意があった。つかさを犯人に仕立てて、旦那を殺そうと考えたのではないだろうか? しかし、つかさも旦那に殺意があった。旦那に対して利害が一致したので、まずは旦那の抹殺を考えた。そこで実行犯として誰にしようかと考えた時、自分たちに関係があって、まったくの赤の他人である、男を、利害が一致していないということで、犯人に仕立てようと考えたのが、草薙だったのだ。なごみがつかさに紹介したというのは、計画の一部だったわけだ。草薙が主人公のように書いてきた話だが、実際には、草薙は、オンナ二人の計画に載せられ、踊らされていたというわけであった」

 と、ここまでが、この事件の概要である。

 実際にどのようにして犯行が行われ、どうなったのかというのが、この先のお話になるのだが、今の時点が、このお話の、

「現在」

 であり、

「ここまでの話が、すべて過去だった」

 ということになるのだ。

 そう、本当の扉は、旦那が殺された時に開かれた。その扉を開くために、その向こうで、いくつかの準備段階が行われている。

 しかし、将棋の世界でもそうだが、

「大会の日には、すべてが終わっている」

 という言い方をする将棋の世界の人もいる。

 特に女性の場合は離婚などでも、

「感情が表に出てくれば、その時点で、気持ちは決まっているようなものだ」

 ということになる。

「この事件は、一体どのように解決されることになるのだろうか?」

 と考えていたが、一つが分かれば確かに、芋づる式だった。

 しばらくしてから、草薙の死体が発見された。草薙は、このまま少し捜査が、早く進めば、

「重要参考人」

 として、マークされる人物だったのだ。

 しかし、今度の事件に関係のある人物で、しかも、今のところ捜査線上に浮かぶほどの人間でもなかったのに殺されたことで、

「犯人たちが、草薙を犯人に仕立てて、自殺したかのように見せかけることだったのだが、今の段階で、誰が草薙を自殺と判断するだろうか?」

 というのが、決めてだった。

 そうなると、つかさとなごみの共犯の線が強くなる。

 逮捕してしまうと、どうやら計画していたのは、なごみのようだった。主犯はなごみで、つかさも、旦那から、ストーキングされていたことで協力したのだった。

 二人は、草薙というこの事件には、何も関係のない男を巻き沿いにして、一種の、

「交換殺人的なこと」

 を考えていた。

 普通の交換殺人は、お互いの犯人の関係性が知られると、そこで終わりなのだが、実際には交換殺人ではなく、発想が交換のような感じにしてしまうことで、共犯であるということを匂わせないようにしたのだ。特に二人が知り合いだというだけで、まさか共犯とは思わないということだったのだが、致命的だったのは、つかさが、旦那にストーキングされていることを警察に言われてしまったことだった。

 甘く見たということでもあったが、ここで、草薙を容疑者のように仕立てることで、何とかなると思っていた。

 実際には、なごみが、旦那のことを最初に見て分からなかったわけではない。偶然とはいえ、その日にモニターが壊れるなど、偶然としてもできすぎている。これも、実はなごみは知っていて、知らないふりをするという周到な計画であったのだ。

 すでにその頃、なごみは殺意を抱いていた。もし、自分が犯人だとバレた時、

「旦那がしつこく自分の仕事に干渉してきた」

 ということにすれば、殺意として立証でき、自分に誘致になるのではないかという、伏線もあったのである。

 風俗嬢が一番困る、

「身バレ」

 というものまで、計画に含めていたのだ。

 だが、複雑であればあるほど、一つが露呈すると、他の絡まった部分も一気にほぐれる。今度の事件はそういう事件だったのだ。

 ただ、草薙を殺したのもある程度仕方がなかった。

 草薙が、

「自分が何かに巻き込まれている」

 ということに気づき、その思いを、つかさに告げたからであったのだ。

 草薙の、

「飽きが来る」

 という性格を、二人のオンナは何かに使おうと思っていたのかも知れない……。


                 (  完  )

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蔦が絡まる 森本 晃次 @kakku

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