3
俺は君を部屋に招き入れる。君は怒っているし、正常な判断もできないし、俺の部屋に大人しく入ってしまう。
テーブルを挟んで向かい合って、
「愛花さんとおれが付き合ってる時から、愛花さんに会ってたって本当ですか」
早速君は聞いてくる。
「ああ、本当だよ」
「ひどくないですか、それ」
「ひどいなあ、うん、ひどいと思うな」
「……馬鹿にしてますか?」
「悪いけど、めちゃくちゃしてる」
君は拳を振り上げるけど、喧嘩はしたことがないらしくって、結局下ろしながら俺を詰る。愛花は騙されているんだって話をする。俺が懐柔して、相手がいるのに奪い取って、最悪の人間だって、見たことがないクソ男だって言葉でとにかく詰る詰る!
君の顔が怒りのあまりに赤くなっていて、一応出したお茶の隣に置かれている、握ったままの拳がちょっと小刻みに揺れている。
俺は話す。
「奪ったのは事実なんだけど、愛花ちゃん、フツーに君に愛想尽かしてたよ」
「は? そんなわけ」
「好きとも可愛いとも中々言わないし、生理でしんどい時も皿洗いすら手伝わなかったし、そういう手のかかるところ可愛かったけどだんだん面倒にもなってきて、そのくせ連絡は常に寄越すからかなり重いってさ」
「なっ……え、いや、好きだってメッセージは」
「直接の方が嬉しいに決まってんじゃん、そういうとこなんだよな。あのさ、奪えなかったら奪わないんだよ。奪えるから奪うんだ。愛花ちゃんは確かに君に不満があって、その話をじっと聞いてくれた俺になびいちゃったわけ。でもまー全面的に悪いのは俺だよ。だって俺は愛花ちゃんが好きで好きでしょうがなくて、君の代わりに俺が守りたくて奪ってでも付き合ったってわけじゃなくって、単純に、趣味だからそうした。いけそうだからそうした。極め付けにあの子セックス下手だったしねーって笑ってたぜ、愛花ちゃん。何、早漏? それともガシマン? まさか騎乗位ばっかさせてたとか、ねえよな? 正常位の時に髪踏ん付けたりしてなかった? 終わった後、ケアした? 愛花ちゃんのために君ってどんなことやってどう愛したんだ? 毎日メッセージ送って部屋に来るたびに甘えてキスやらセックスやらするだけだったりした?」
話し終わる頃には君の顔はもう赤くなくて、すっかり黙り込んで、ほとんど蒼白だった。何か言いかけてもやっぱり黙って、顔が見えなくなるくらいに俯いた。
呼び鈴が鳴ったのはこの時だ。
俺は把握して、君は置物に成り果てていた。君の腕を引っ張って、ちょっと待ってろと言い含め、クローゼットに押し込んだ。君は抵抗しない、上の空だ。このまま放置して暮らせばいつの間にか餓死してんじゃねえかなって俺は思った。
「バイトなくなったから来ちゃったー、上がっていい?」
顔を出した愛花は笑顔で、俺が快諾して腕を広げるとあっさり飛び込んでくる。相変わらず汚い部屋! なんて文句言いながら、テーブル近くにさっと座る。
「誰か来てたの?」
お茶のコップに愛花は言って、
「愛花が来るかもしれねえじゃん」
と俺は返して、
「もー、調子いいよねほんと!」
愛花はむくれるから、俺はコップをさっさと片付ける。ついでに、何か食う? と聞く。作り置きあるしさー、鶏肉安かったんだよなー、と会話を続けて、愛花はいつの間にか俺の後ろまでやってきて、振り向いて抱き締めると愛花の方から唇を近付けてくる。
腰に手を回して、遠慮なく舌を押し込みながら、俺はクローゼットに視線を移す。なんの物音もしない。死んでるかもな、と他人事のように思う。愛花が俺の舌を噛む。
そこそこの年数使っているベッドに移動して、今日あったこととか最近の仕事の話とか、今度行きたいって言ってた水族館行こうかって話とか、くすくす笑いながら交わし合ってそのまま流れで行為に移る。
アパートは狭いしベッドも狭いし壁は薄い。だから愛花は声を抑えるけどそれが俺は案外好きで、本当はもっと求めたいけど今は無理、という辛そうな顔がかなり来る。
行為が終わって、それなりにいちゃついて過ごして、明日は朝早いと話してから、愛花を駅まで送っていく。まーいなくなっててもいいわと思いながら帰るけど靴はあるしクローゼットを開けると君は三角座りのままそこにいる。でも臭いでわかる。青臭い、俺にとっては嗅ぎ慣れた虚無の匂い。靴下に包まれた二つの足のちょうど間に、青白い粘液がいくつか垂れて染み込んでいる。
「クローゼット汚すなよ」
俺は言って、君を引き摺り出す。愛花の前では出さない煙草を口に咥えて火を着ける。相変わらず三角座りの君に煙を吹き掛けて、
「彼女寝取られるのって、どう?」
と聞く。
返事はないけど俺はわかる。だってこれは俺と君の話であって、愛花はサブキャラでしかなくて、幸せだった時から底まで落ちて俺と愛花の蜜月の一部始終を見た君が、クローゼットで何をしていたか聞けば全部終わってから始まってしまった話になるんだ。
君は今日のところは帰るけど、俺に渡された連絡先を捨てないし、愛花が来ると聞けばそれより早くに俺のアパートを訪れる。愛花さんと出会ったのはサークルの飲み会で、頑張ってアルコールを飲んでアピールして、付き合えるようになってからは毎日連絡してと、なにも映していない目をテーブルに落としながらぽろぽろ話す。走馬灯みてえだな。俺は思うけど、まあ言わない。君が結局、俺にしか愛花の話を出来ないんだってことを、誰よりも理解しているから黙って聞く。
ふつりと話さなくなったあと、君はクローゼットに勝手に入る。そこから見えるものはどんな色なの。俺の質問に君は答える。地獄だけど、おれの何倍も眩しいよ。
そう言って扉を自分で閉めて、死にたい、と凍え切った声で呟く。
俺は君のそんな歪みが面白くって仕方ない。
遂にここまで来ちゃったなって、笑いながら歓迎するよ。
極光 草森ゆき @kusakuitai
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