♯03(後編)亡霊と死神

 さて、本当にどうしようか…この少女を腐り切った警察連中に引き渡すのも気が引ける。例えこの少女が例の死神だとしてもなぁ…


「警察に…は宛にならないらしいしな。それにまだ子供だろうし、一度、店に連れ帰るか…」


「…子供とか関係ねぇだろ、それより賞金は山分けだよな?」


「…ローラ、賞金ってなんだ?」


「お前、知らねぇのか?死神って言えば賞金首リストに載ってるぞ?」


「おい、たかが噂に何で懸賞金が出るんだよ」


「ヴィルベスタじゃ良くある事だぜ?ほら、他の奴に横取りされる前にマンションに運ぼうぜ!アタシとお前の手柄だ!」


 俺はローラに言われるがまま、そのまま死神らしき少女を連れてマンションに向かった。

 白昼堂々、マジで誘拐にしか見えない。警察に通報されないか心配だったが…そこはやはりヴィルべスタ、何の問題も無く連れ帰る事が出来たのだが……


「…ミリアちゃん?…何でスマホを取り出してるの?」


「通報しようと思ってるんですが、何か弁明はありますか?」


「待って!?誤解だから、一度話し合おう!」


「ローラさんと仲良く帰って来たと思ったら、誘拐だなんて…」


 少女を俺の部屋に運び入れようとしていると…何故か店に居る筈のミリアちゃんと鉢合わせてしまった。取り敢えず、今の状況の経緯をミリアちゃんに話した。


「…なるほど、ガラの悪い男達にローラさんが絡まれていた所に助けに入ったら、その子に男達が殺された挙句、2人とも命を狙われたと…」


「ミリアちゃん、頼みが……」


「ダメです、相手は本当に例の死神かも知れないんですよ?」


 俺が頼む前に拒否られたが、俺は「この子をかくまいたい」と言おうとしたのだ。ローラは気付いてないが、ミリアちゃんは気付いていたらしい。


「それでも、俺はこの子を警察には引渡したくない…」


「ローラさんみたいに賞金目当てじゃありませんが、できれば警察に引き渡すべきですよ」


「…でも、この子はまだ子供なんだぞ?」


「おい、待てよ!もしかして500万ホープを見逃そうってか?」


 どうやら懸賞金は500万ホープだったらしい。まさか噂…いや事実だとしても、こんな子供に500万ホープも賞金が掛られるのか…


「そうだ、見逃したい。俺達を狙った理由も気になるだろ?」


「冗談じゃねぇよ、500万ホープをみすみす見逃せっかよ!」


 何でこの子は令嬢なのに、こんなにお金に意地汚いのか…


「…とにかく、その子はお兄さん達を襲った…なら危険過ぎます。お店やマスター、蘭羽さんまで危険に晒すんですか?」


 ミリアちゃんの言う事は最もだった。この子を警察には引き渡したくはないが、ここで匿う訳にも行かない。


「…なので警察に引渡すか、何処か捨てて来て下さい…」


「…分かったよ、皆んなやミリアちゃんに迷惑掛ける訳にもいかないしな」


 マリアの娘であるミリアちゃんなら、もしかしたら…と思ったが、ミリアちゃんはマリアじゃない。勝手に理想を押し付けるべきじゃない…

 それにミリアちゃんが言ってる事は正しいし、俺や他の皆んなを優先してくれている。別にミリアちゃんもこの子を見捨てたくて言ってる訳じゃないはずだ…


「…──と、まぁ普段の私ならそう言ってたけど…」


「ん?…それって…」


「蘭羽さんに聞いてみます。お兄さんには一度、助けられた訳ですし…」


 もしかしてミリアちゃん、まだ俺を使い魔にした事を気にしてるのか?…助けた助けられたの件なら、俺も同じで貸し借りは無しなんだが……


「待てよ!冗談じゃねぇぞ!500万ホープだぞ!?」


「ローラさんお金持ちですし、そんなお金は必要ないと思いますが?」


「別に良いだろうが…お金は幾らあっても良いんだよ…」


 何故か今、ローラの表情が曇った様な気がした。まぁ家出中だから金にも限りあるだろうし、大っ嫌いな父親に頼る訳にはいかないだろうしな…


「…取り敢えず、この子は私の部屋で預かります。せめて目が覚めて話をするまではローラさんは大人しくしてて下さい」


「お前、そんな事言って賞金を独り占めする気だろ?」


「そんな事しませよ…確かに500万ホープは魅力的ですが、今の私にそんな大金の使い道は無いですしね」


「チッ、分かったよ…もし蘭羽に断られたら警察に引き渡すで良いよな?」


「はい、それで大丈夫です。お兄さんもそれで良いですよね?」


「構わないが…でも、ミリアちゃんを危険に晒す訳にはいかない。ここは俺の部屋で…」


「目が覚めた時に殺そうとした相手がいるより、二人の件に関係無い私が居た方が安心だと思いますよ」


 確かにそうか…目の前に自分を返り討ちにした奴がいたら、そりゃまた襲って来るよな。それよりミリアちゃんに任せた方が良いのか?…


「…分かった、ミリアちゃんに任せる。でも、何かあったら直ぐに呼んでくれ」


「…分かりました。もし彼女が襲って来たらお兄さんを。そうだ、マスターに今日は仕事お休みしますって言っておいて下さい」


「ああ、分かった。レオンには伝えておくよ」


 そうしてローラは先に部屋に戻り、俺はミリアちゃんの部屋に少女を運び込んでから気になる事を思い出した。そういえば、あの時の男達が自分達をジークヘルムズと名乗っていたが…


「…なぁ、ミリアちゃん、ジークヘルムズって知ってるか?」


「知ってるも何も、ヴィルベスタでは有名なマフィアですよ。それがどうかしたんですか?」


「マフィアって…当然だけど、そいつらに手出したらマズイよな?」


「はい、下手したら組織全体に喧嘩を売るようなものですね…あの、もしかしてお兄さん?…この子が殺ってしまった男の人達って…」


「あ〜…ジークヘルムズって名乗ってたな。これ、もしかしてかなりヤバイ?」


「…えっと、死体は破棄してませんよね?電脳が破壊されていたら死体から殺した相手が判明はしないですが…もし無事なら……」


「確か一人は破壊した…というか、された。でも残り二人の電脳は無事だろうな…」


「流石にそれはマズいですね、間違え無く既に向こうは仲間の電脳を確認してます…」


「…すまない、俺も来た当日にジークヘルムズの連中に手出しちまってて…向こうが俺の事を知ってたんだ」


「ちょっと不味いじゃないですか!?どうしてそんな事したんですか!」


「ローラがソイツらに絡まれてて…」


「またかあの不良令嬢!ガラ悪いどころじゃない連中に絡まれ過ぎでしょ!」


「…ミリアちゃん、どうする?俺、出て行った方が良いよな?」


「…いえ、その必要はありませんよ」


「でも、このままじゃ皆んなに迷惑がかかるだろ?」


「ジークヘルムズの件は、寧ろ此処の方が安全ですよ。蘭羽さんのマンションにはジークヘルムズも手は出せませんからね」


 蘭羽はいったい何者なんだろうか?ただの元軍人なだけじゃない様な気がしてきたんだが……


「…分かった、そうする。実際、他に行く宛ては無いしな」


 その後、俺も一緒に蘭羽に事情を話したのだが…「ん?構わないよ。別に気にしないよ!連中が来たら私がぶっ飛ばしてやるよ」と言われた。

 何とも男らしい人だ。しかも蘭羽は例の少女も匿っても良いと言ってくれた。


 しかし、マンションの外は狙われる可能性もあるので、レオンにも俺の事情を話した上でScarletで働き続けるかどうかを話したのだが…

「人手が足りないから寧ろ明日からも頼むわよ」と言われてしまった。

 本当に良い人達で頭が上がらないなぁ…本当に感謝しかない。


 だから尚更だ、このままだと生活に支障が及ぶどころか皆んなを巻き込む事になる。取り敢えず、ジークヘルムズの件をどうするかを考えないとだな……



 ◆◇◇


 いつも通りに働き、Scarletの夜の営業が終わった後、ローラにマンションの屋上に呼び出された。多分、少女の件なんだろうが……


「…話ってなんだ?死神の件ならすまないが…」


「そっちじゃねぇ、私が聞きたいのは別の事だ」


「…聞きたい?俺に何か聞きたい事があるのか?俺に答えられる事なら…」


「…橘晴一朗、お前は何者なんだ?」


「えっと、俺は只の日本人で今はBARScarletの店員で…」


「嘘を吐いてんじゃねぇ…アタシは嘘を吐かれんのが一番腹立つんだよ」


「嘘じゃない、只のBARScarletの店員だ」


「只の店員が?身体の傷だけじゃなく、拡張パーツの損傷まで直せる訳ねぇだろ。機械パーツはまだ修復機能で説明できても、生身の傷が簡単に治る奴が普通な訳ねぇだろ」


 やはりバレてたか…まぁガッツリと見られてたからな…だが、これに関してはミリアちゃんの秘密もある。どう説明するべきか…


 ◆MIRIA◇


 目の前にいる少女は未だに目を覚まさない。まさか打ちどころが悪かったとしても電脳が可笑しくなってしまったという事は無いとは思うけど…


 しかし、ローラさんが言う様に彼女が本当に死神なんだろうか?ガスマスクを外した少女は、私のベッドですやすやと寝ている。こう見ていると、只の女の子でしかないよね…


「んっ…ここは、なんだ?」


 そんな事を考えていると彼女が目を覚ました。私の中で緊張感が走る…このまま私を殺そうとして来たらどうしよう?……


「貴方、誰?ボクは何で此処に居る?」


「えっと、貴方が道で倒れてて…なので私の知り合いが助けてくれたんですよ」


「名前…名前、教えてほしい」


「えっと、ミリア・ヨルベッタです」


「ミリア…命の恩人…」


 私は驚いた、まさか自分が命の恩人だと思われている。それに普通なら、私をお兄さん達の仲間だと思いそうなものだけど…


「えっと、お礼なら私の知り合いに…それより、貴方の名前は?」


「レーライド・アルプ、ボクの名前…ボク、ミリアに恩返ししたい」


 …なんだろう、普通に良い子そうに感じる。彼女が本当に死神なんだろうか?やっぱり違うんじゃないのかな?


「…では、レラさんとお呼びますね。単刀直入にお聞きしますが、レラさんは死神なんですか?」


「レラ…それはボク?それってあだ名ってやつ?…ミリア、嬉しい」


「…あの、レラさん私の話聞いていますか?」


「死神…ボクは人間、死神と言われた事は何度かあるけど…多分、大きな鎌のせいだと思う」


「えっと…レラさんは人を殺したんですか?」


「うん多分、沢山殺した。ボクは悪い人は嫌いだから…」


 意外とすんなり答えてくれた。何か調子が狂う子だな…最初は死神の噂はこの子が持ってる大鎌のせいでレラさんが死神と疑われただけだと思ったけど…レラさんは間違え無くだろう…


「それよりレラって名前は気に入った。ミリア、ありがとう」


 何か面倒な事になってる気もするけど、取り敢えずお兄さんとローラさんにも話さないと…


 ◆SEIITIROU◇


 取り敢えず、ローラにミリアちゃんの秘密を無断で話す訳にもいかないので、使い魔の件をミリアちゃんに話す許可を取りに行く事にした。


「…なぁ、お前の身体とあの女が何の関係があるんだ?」


「悪いが、俺の独断で話せないんだよ」


「…はぁ?どういう意味だよ」


 そんな事を話しているとミリアちゃんの部屋に着いたので取り敢えずノックをした。すると扉が開いて、中からミリアちゃんが出て来たのだが…


「お兄さん…それにローラさんでしたか、どうしたんです?」


「いやミリアちゃん、それより後ろの…」


「はい、レラさんことレーライド・アルプさんです」


 俺もローラも少し身構えたのだが、少女は思った以上に大人しかった。それどころか…


「迷惑を掛けた、ごめんなさい…彼奴らの仲間かと勘違いした」


 ミリアちゃんがレラと呼ぶ少女は俺達に謝罪をしてきた。

 どうやら、ミリアちゃんが事情を説明してくれたらしい。ローラもその態度で毒気が抜かれた…というより、不服そうに黙っていた。


「…仲間ってのは、あのジークヘルムズって連中か?」


「名前は知らない、ボクは悪い人達を狙っただけ…」


 なるほど、俺ばかり狙って来たのは俺がローラに絡んでた男達の仲間だと思ったからって訳か?…いや、でも最初にローラにも斬りかかってた様な?


「そういえば、お兄さんはレラさんの様子を見に来たんですか?」


「いや、ミリアちゃんに話があってだな…」


 俺はローラとレラに一度を席を外してもらい、身体の事バレてしまった事、それについてローラに口外して良いのかの確認をしに来た事を話した。


「…ローラさんが他の人に話さないと言うなら、私は別に話しても構いませんよ?」


「本当に良いのか?俺はミリアちゃんが嫌なら話したりしないぞ」


「…別に気にしません。私は魔女の末裔ですが、お兄さんと一緒で人間ですので」


「…そうだな、気にする必要なんてないよな」


 ミリアちゃんに許可が取れたので、俺はローラに俺の身体について話す事にした。その経緯でミリアちゃんが魔女の末裔である件も話した。


「…えっと、ミリアっていうあの女が魔女で…お前が魔法で使い魔になった…──って、アタシを騙してからかってるんじゃねぇだろうな!?」


「いや、嘘吐いたって意味が無いだろ?実際、俺の傷が治ったのを見てたのはローラだろ?」


「…分かってんだけど、何がなんだかなぁ……」


「…と言われても、全て事実だしなぁ…」


「まぁ、何だ?お前も災難だったな…」


「いや、俺は寧ろ感謝してるんだ…」


「ん?…どういう事だ?」


「まぁまぁローラ、気にするなよ」


 仕事を辞めて組織から追われ、このヴィルベスタで新たな生活を始めた俺は…既に日本で死んでいたんだ。

 何の目的も無く、亡霊の様に…死んだ様な俺の人生に、ミリアちゃんは意味を与えてくれた。

 使い魔になった事で彼女を守るという使命を与えられた。そこで初めて、俺の第二の人生を始められた気がしたんだ。


 ◆◇◇


 次の日、俺は朝からいつもの様にBARScarletへとやって来たのだが、そこでレオンと一緒にいたのは……


「あら晴一朗ちゃん、似合ってるでしょ?この子素質あるわよ!ミリアちゃんは素質はあるのに着てくれないんだから、本当に何でも似合っ…──」


 そこには何故かメイド服を着たレラが居たのだった。



 ♯03(後編)亡霊と死神…──[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

WitchTheBullet(ウィッチ・ザ・バレット) 藤倉(NORA介) @norasuke0302

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ