♯03(前編) ヴィルべスタの死神

 ラグナロクウェポンズコーポレーション──元々は小さな武器商会だったが、今では世界に名前を知らしめる大企業だ。

 警察や軍隊が使う銃や爆薬を提供したり、兵器開発もしている。今では市場に出回る武器の半分以上がこのラグナロクの品だったりする。


 対する俺の所属していた組織ORUBAもその支援を受けていた。不知火も影縫もその時に作られた代物だ。


 あのローラ・フランローズという少女はその会社のCEOの娘だと言う。そのローラが入居した翌日…──。


「…で、蘭羽どうするんだよ」


「どうするって言われても、住まわせるって言っちまったよ。今更ダメとは言えないでしょ」


「でもラグナロクのCEOの娘だぞ?そんな奴を誘拐したみたいな話になったら只じゃ済まないぞ?…」


「…いや、流石にマズいとは思ったけどさぁ…」


「…何か譲れない理由でもあるのか?」


「だって大企業のCEOの娘だよ?当然、金払いが良いでしょ」


「やっぱりか蘭羽…でも、お前がそこまで金の亡者だったとは……」


「待て待て冗談!もう一つ理由があるんだよ!」


 もう一つって事はさっきのも本音って事になるんだが…まぁ、良いか。


「…で、その理由ってのは何なんだ?」


「実は私も親に反発した事があってね。その時に家出もしたからは気持ち分かるんだよね…」


「俺は家出なんて考えた事も無かったな。まだ独り立ちの自信は無かったからな…まぁローラの家出の原因は昨日の話からして父親だろうな…」


「まぁ原因は自分にもあったりするもんだよ。実際、上流階級で、あの性格から考えてね…」


「まぁ、そうだよな。上流階級の出なら、もっとおしとやかなものだよな」


 すると背後に気配を感じた。俺がすぐに振り返るとそこにはローラが居た。


「…悪かったな、お淑やかじゃなくてよ」


「…ローラ、昨日の事だが、お父さんは君の事は心配しないと言ったが…」


「ハンッ…あのクソ親父はアタシなんかに興味はねぇんだよ」


「ローラはお父さんと仲が悪いのか?でもラグナロクウェポンズの令嬢なら…」


「チッ、お前には関係ねぇ!」


 そう言うとローラは俺を突き飛ばし、廊下を歩いて行ってしまった。どうやらローラはお父さんと仲が良くは無いらしい……


「…少し他人の家庭の事情に踏み込み過ぎたな…」


「まぁ、あの年頃で上流階級…しかもラグナロクの令嬢なら色々あるだろうしね。でも、そんな大企業が金を出すなら警察も喜んで動くだろうけどねぇ…」


「ん?…何で警察に金を払う必要があるんだ?…」


「晴一郎はこっち来たばっかりだし知らないか…ここらの警察はね、金を出さないと動かないのさ」


「…ヴィルべスタの警察がロクデナシとは聞いていたが、本当にくだらないな連中だな」


「このヴィルベスタで行方不明者なんて珍しい事じゃないし、何なら誘拐は日常茶飯事だよ、だから一々構ってられないんだ…」


「…だから誘拐くらいでは警察は動いてくれない訳なのか」


「連中は金さえ払えば犯罪は見逃すし、務所に入った犯罪者を釈放する…しかも逆らった奴も逮捕する様な連中だからね」


「本当に警察はここじゃ宛にならないって訳か…」


 国が違うんだから日本の警察とは違うのは当たり前だとは思っていたが…ここまで違うとはな…まぁ治安が悪い上に犯罪者を野放しにしている町なら当然なのか。


「だけど、ラグナロクなら大金で警察に捜査を依頼できるだろ?しかも世界の行く末を左右する大企業だぞ、何でローラのお父さんは警察を動かさないんだ?」


「…このヴィルべスタで警察が好きな奴なんていないんで、動かしたくないですよ」


 そう言って部屋から出て来たのはミリアちゃんだった。確かにこの町の警察を好きな奴はいなそうだ。


「晴一郎さん、蘭羽さん、おはようございます」


「おうミリア、おはよう」


「ミリアちゃん、おはよう…って!?そういや俺の事を今、晴一郎さんって…」


「…馬鹿な事を言ってないで早く支度をして下さい。お兄さん、今日は朝から仕事があるんですから…」


 そうか、今日のBARScarletはランチタイムも営業するんだった。


「…という事でお兄さんには買い出しを頼みたいのですが…」


「あぁ、任せてくれ。でも食材に関してはこの前揃そろえたよな…何を買いに行けば良いんだ?」


「実はブラックペッパーとバジル、後はパンプキンパウダーを切らしてしまいまして、それだけ買って来てもらいたいんです。私はマスターの手伝いがありますので」


「分かった、今から行って来るよ」


「…いや、朝食を取ってからでも良いのですが…」


「次いでに食べて来るさ、ミリアちゃんも一緒にどうだ?」


「人の話聞いてました?私はマスターのお手伝いがあるんです」


 ◆◇◇


 取り敢えず、俺はBARで切らしてしまったという調味料を買う為に大通に向かう事にした。

 本当はショッピングモールに行くつもりだったが…昨日、「襲われたばかりなんだから1人で遠くには行かないで下さい。」…と、釘を刺されてしまった。

 これじゃ俺が気にかけられてしまってるな…やれやれ…などと考えていると……


「あぁ?うるせぇな!ちょっとぶつかっただけだろ?玉がちいせぇな!」


「何だとガキっ!ブッ殺されてぇのか!」


「誰がガキだ!良い度胸だ!その喧嘩買ってやるよ!」


 何だこれ、デジャブかな?…前にもこんな事があった様な?……


 そこには3人組の男と揉めているローラが居た。流石に同じマンションで暮らしてる身としては見逃す訳にも無いよな?…


「おい、お前ら何かあったのか?…ローラも誰彼構わず喧嘩を売るな」


「…コイツらが悪ィ!…てかアタシに何の用だ!」


「何しにって…知り合いが喧嘩してたら止めるだろ?」


「おいテメェ、そのガキの…──おい待て、コイツあれか?例の……」


「ん?…どうした?この子が何かしたなら、すまないと思ってるが、どうかここは見逃してくれないか?」


 しかし、男達は何かを話しているみたいでこっちの話を聞いていない。しかしコイツらも拡張者エクステンダーか…揉め事は出来れば避けたいな。


「お前、この前うちの連中をやった二丁拳銃の男だろ?」


「なっ!?……」


 想定外だった。話を終えた男の一人がそんな事を言ってきた。もしかして、あの2人組の仲間だったのか?…いや、て事はだ。


「…お前、俺達がジークヘルムズだって知って手を出したんだよなぁ?」


「…えっと、すまないがヴィルべスタには来たばかりで…」


 しかし、そんな俺でも分かるのは、この3人は何処かの組織の連中だ。恐らく、あのチンピラ野郎2人の電脳からデータを受け取ったのだろう。俺は何らかの組織に喧嘩を売った事になる訳だ。


「…知らなかったじゃ…済ませらねぇな!テメェはジークヘルムズを敵に回っ…──ぐあぁぁっ!?」

「…──ぶべがぁっぁぁぁ!?」


 その瞬間、重い銃声と共に男二人が後ろに吹っ飛んだ。


「ごちゃごちゃうるせぇな…アタシを無視してんじゃねぇよ!」


 ローラの手にはショットガンが握られていた。多分、いつも持ってるキャリーケースから出したんだろうけど……


「…テメェ、やりやがったな!」


 もう一人の男が銃を俺達に向け様とするが…俺は懐から銃を抜き出し直ぐにその銃を吹き飛ばす。


「…悪いが、撃たせる事は出来ないな」


「っ、お前っ…」

「…おいおい、痛ぇじゃねぇか…」


 しかし、倒れていた二人が起き上がってくる。ショットガンを近距離から食らっていたにも関わらず立てるとは、流石は拡張者エクステンダーだな。


「テメェら、タダじゃ…──へっ?」


 しかし、真ん中にいた男の頭が斜め落ちた。頭部を機械化していた様で頭から血を出ない、代わりに火花が上がる。

 それは電脳が完全に破壊されてる事を示していて…──彼が倒れた背後にはガスマスク付けた少女が立っていた。その少女の手には大鎌が握られていた。


「…なっ、何が起きてっ…」


 崩れ伏した仲間を見て背後に目を向け様とした男の胴は電脳を裂かれた男同様に斜めに切断されてしまった。


「…し、死神っ!?……」


 そうだ、死神だ…蘭羽が言っていた死神と呼ばれる銃社会のこのヴィルべスタで大鎌を振るう悪霊…──の筈だが、その正体は死神には見合わない様な少女だった。


「よくも、やりやがったな…死神と思ったら、ただのガキじゃねぇか!」


 男はその正体を見て激怒し、俺に弾き飛ばされた銃を拾い上げようとするが…


「…がぁっ!?腕がぁ!俺の腕がっ…──」


 男は痛みに怯むが、次の瞬間には男の首は地面に転がっていた。


「…何なんだこの女…敵か?」


「仲間だと有難いんだけど…」


 しかし、ガスマスクの少女は大鎌を構える。これは、戦う事は避けられなさそうだ。


「あぁ?やる気かよ、良い度胸だガスマスク女ッ!」


 不味いな、こっちは二丁拳銃で向こうは近接武器…この距離なら相手の方が有利だ。


「…すまないがローラ、一旦距離を取ろう」


「テメェだけ逃げてな、アタシは離れる必要がねぇんだよ!」


 そう言いながらローラはショットガンを撃つ。ショットガンの弾は散乱する為、この距離なら間違え無く少女にヒットするのだが……


「なっ…消えた!?どこ行きやがった!」


「ローラ、上だ!上にいる!」


 散らばる弾丸を高く飛び躱し宙を舞う。そして空中からローラ目掛けて大鎌を振り下ろす。


「ローラっ…──ぐっ…」


 俺は咄嗟にローラを突き飛ばし大鎌を左腕で受け止めてしまう。嫌な金属音が響いた。


「…おいっ!お前、何やってんだよ!?」


 ローラは直ぐさまキャリーケースから取り出した煙幕弾スモークを投げてくれた。おかげでそれ以上は奴からの追撃は無かった。


「おいお前、腕は…」

 

「大丈夫だ、ローラは怪我はないか?」


「っ…アタシは大丈夫だよ!一旦離れるぞ!」


 ローラは煙幕の中にショットガンを一発撃ち込み、俺達はここでは武が悪いとこの場所を離れた。


「っ…クソ、まだ追って来ているのか…」


「何なんだアイツ、てか何なんだあの身体能力…」


 後ろから凄い速度で少女は追って来る。ローラが言う様にあの身体能力は並外れている…まさかだが使い魔?…いや、あのウェイトレスといい、そんなに沢山の使い魔が居て堪るかっ…


 俺は不知火と影縫を懐から再び取り出し噂の死神らしき少女を迎撃する。しかし、放った弾は空を切る。やっぱり速いな…こっちに向かって真っ直ぐに来る。


「…──させねぇよ!ガスマスク女ぁ!」


 ローラがショットガンを撃つがあっさりと避けられる。


「…この距離でも躱しちまうのかよ!?」


 少女は俺を狙って大鎌を斜めに振り被るが…そこには刃の下に手が添えられている。俺は慌てて距離を取った。


 少女は大鎌で隠す様に振ると同時に持っていた投げナイフを3本、俺の胴体に命中させていた。


「…飛び道具も使うのかよ!」


 俺は堪らず膝を着きそうになるが、何とか持ち直し距離を取る。


 何で俺達を狙うのか、目的はなんだ?…聞きたい事は山程あるが、今はそんな事を話す余裕は無い。向こうは俺達を確実に殺しに来てる。


 俺は銃を撃ちながら牽制して大鎌を躱す、受けた傷からは黒い煙が上がっている。もう左手の損傷も修復されている。


「何だよ、お前それ…」


 ローラが驚きの声を上げるのも無理は無い…この様に、傷や機械部位の破損はこの俺にとって全く問題は無い。一番の問題は俺が動けなくなり、標的がローラに向く事だ。


 …何故だか知らんが、少女は俺に狙いを定めている様で、ローラより俺を優先的に攻撃してくる。俺はそれを受け止める…──


 しかし、それは拡張した左手では無く、そこから出たブレードで少女の大鎌を受け止めた。


「おぉ!?何だよソレ、クソかっけぇじゃん!」


 俺と少女が付かず離れずの戦闘をしてる所為でショットガンを撃てなくなったローラが目をキラキラさせている。


 俺がかつて所属していた組織が特殊な金属を組み合わせ作らせたラグナロクでも製造していない特殊品の鋼鉄刃──ガルクソードだ。


 利き手でない左手から出ているのは単純に補助に使うものだからだが、大抵の攻撃に耐える強靭な刃で、ある程度の物なら斬る事が出来る。


「…悪いがローラ、援護を頼む!」


「分かってるよ!アタシに指図してんじゃねぇ!」


 ローラは懐から拳銃を取り出し、ショットガンをしまう。散乱すると俺に当たる可能性が高いからな…


 …だが少女はローラに注意払いながらも俺を狙って来るだろう。なら真っ正面からやるだけだ!


 俺は真正面からガルクソードで大鎌を受け止めて銃を放つ。しかし、少女も弾丸を近距離で避けながら後ろに下がる。


 そこに銃声が3発分、ローラは俺に当たらない様に少女の後ろを避ける様に俺側に走りながらつ、少女の行く手を阻む様に正確な射撃を配置する。


 ローラも銃に慣れてるな…もしかしたら俺より銃の精度は良いかも知れない。ショットガンより、その銃の方が向いてるんじゃないか?


 しかし、ここで押し切ろうと思ったタイミングで投げナイフで牽制されて距離を取らされる。しかし、相手もローラの牽制で思う様に動けない…ならここでやるしかない!


 俺は投げナイフを腕に受けつつ、少女に近付いた。そして、大鎌を掴み奪い取る!──…咄嗟に投げナイフを打ち込みながら下がる少女に駆け寄るのは……


「──…逃がすかよ!ガスマスク女ッ!」


 ローラの蹴りが炸裂して、少女は地面に叩き付けられる。

 俺は再び起き上がると警戒したのだが…どうやら打ち所が悪く気絶してしまったらしい。


 しかし、撃退してから気づいたのだが…取り敢えずこの子どうしよう?…



 ♯03(前編)ヴィルべスタの死神…──[完]

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