69杯目:目的

 怖い。私たちが足跡を捕まえることの出来ない敵を相手に先手を打つなんて……。

 ミントはいったい、どこまで事情を把握してるんだろう。まるでこの町で起きてること全てを知ってるかのような……。


「ルルシアン。開けるぞ」


 ミントの発言を聞いて、ナイジェルの表情が一変した。


 さっきまでは、ミントをそこそこ信用してる知人程度に思っていはずだけど、眉間に皺を寄せたナイジェルの顔は明らかに敵対心が強く現れている。


「俺は奴に聞かなければならないことがある」


 そう言ったナイジェルは強く剣を握りしめた。

 ここで押し問答してても埒が開かない。ここはナイジェルに任せよう。


「わかった」


 ドアを開けた瞬間に攻撃される可能性もある。

 私はルル・インパクトを放てる状態まで右腕に力を溜め、クロノスの左手もいつでも使えるように構えた。


「いいか! よく聞け! 今からドアを開ける! 一歩下がって両手をあげて待て! 少しでも怪しい動きをすれば容赦なく斬る!」


 ナイジェルが一方的に命令してドアを蹴り開けると、廊下ではミントが笑顔を向けて両手を上げ、立っていた。

 

「ふふ、お招きありがとうございます」


 ミントは不気味に微笑みながら足元の麻袋を拾うと、病室に入るなりナイジェルに聞こえないように、ボソッと私に呟いた。


「左手のことは内密に」


「……?」


 左手って、私の持つクロノスの左手のことを言ってる? まぁナイジェルにわざわざバラす必要はないのかなって、思ってはいたけど、どういう意味だろ……。


「……おい、余計な真似はするなよ」


「ええ、もちろんですよ」


 ミントが部屋に入ると、すかさずナイジェルがドアを閉めて退路を塞いだ。


「で、ベゴニアの愛用品を持っていると言っていたな」


「はい。こちらです」


 ミントが持ってきた麻袋から出してきたのは、ベゴニアが使っていたとんがり帽子だった。これには見覚えがある。


「どうだ? ルルシアン」


 ミントから受け取って触って確かめたけど、本物っぽい。クラルテ・ウルフとの戦いの後が感じれるほどにボロボロのままだ。


「確かにベゴニアのものだね」


 いよいよ。ミントの狙いがわからない。私達が先手を打たれてばかりいる敵に対し、さらにその先を動いてる。


 つまりミントは敵の正体を知ってることになる? じゃないと敵より先に動けるわけがないよね?


「……ミント。お前の目的はなんだ? 俺にアーティファクトこんなものまで掴ませて俺を動かした理由は?」


 ナイジェルも同じ思いだった。いや私よりも思いは強いはずだ。だって、ミントはガーベラを攫った犯人を知っていることになるんだから。


「いや……。そんなことはどうでもいい。ミント。お前は敵の正体を知っているな。吐け」


 ナイジェルはミントに対して、スッと静かに剣を向けた。流石のミントも表情から笑みが消えると、細い目をさらに細めた。


「ナイジェルさん、落ち着いてください。確かに、私は一連の犯人を知っています。ですが……」


 ミントは突きつけられた剣の先をそっと摘むとゆっくりとおろし、ナイジェルを嗜めるように静かに反論した。


「敵の正体は、まだ言えません。それを伝えると敵がお二人の行動の不自然さに気づいて、警戒が強まってしまう。今はまだ泳がせたいんです」


 なんとなく言いたいことはわかる。わかるけど、ナイジェルがそんな答えで納得するはずがない。


「俺が逃すわけないだろう。言え、今すぐ殺しに行く」


「……残念ながらそれは無理です。奴は時間を止めることが出来ます。それがどれほど強力な力かわかりますか?」


「時間を……。止める、だと?」


「ええ。だから私もこんな回りくどい方法を取らざるを得ないのですよ」


 時間を止める。やっぱり敵もクロノスホルダー。恐らくクロノスの右手の持ち主だと思うけど、時間を止めるとか無敵すぎない? 勝てる気がしないけど……。


「黙れッ! クロノスだかなんだか知らないが、このまま黙って見過ごせというのか?! 俺は、ガーベラの仇を!」


「ナイジェルさん、落ち着いてください。私は、今はと言いました」


「ならいつなら教えるというのだ!」


「いいですか? 私には未来を視る力があります。時間を止める力は強力ですが、時間を止めても回避出来ない罠を作り、そこへ誘き寄せれば良いのです」


「罠……だと? おびき寄せる……?」


「そうです。その為にはロベリアの館に侵入し、捕えられている魔法使いたちを解放するのです。奴の計画は崩れ、絶対に動きます」


 さらっと流したミントの計画を聞いた瞬間。ナイジェルは全身から力が抜けて剣を床に落とした。


「奴の計画……?! いや、待て……。捕まってる魔法使い達と言ったか……?! まさかガーベラは……!」


「はい。奴の計画とは、クロノス神の復活です。そして、その為にガーベラさんや他の魔法使いたちがロベリアの館に捕えられているのです」


 突然告げられた敵の目的と、消えた魔法使いたちの所在。それは何よりも知りたかった情報のなずなのに、なぜか素直に喜べない私がいた。

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毒味役のルルシアンは、死に戻る! まめつぶいちご @mametubu_ichigo

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