最終話 二人が綴った世界で愛が紡がれる物語


 あの出来事はなんだったんだろう?


 夢?

 それとも現実?


 ジークとなって『黒鳥の湖』の世界でコニールとなった紡子さんと過ごした時間。それは現実のようにはっきりと記憶されていたけれど、夢のようにも思える不思議な体験。


 最後、紡子さんに告白したら光に飲み込まれてしまい、気づけば図書館に戻っていた。


 僕は元いた席に座っていて、周囲を見回せば転移前と何一つ変化が見受けられない。


「夢……だったのかな?」


 せっかく紡子さんと両想いになれたと喜んだのに……あれは僕の願望が生み出した幻だったんだろうか?


 前方のカウンターに目を向ければ、野暮ったい眼鏡をかけた地味な白いブラウス姿のいつもの紡子さんがいた。


「確認……する?」


 いや、待って。

 なんて聞くの?


 もし、さっきまでのが全部僕の妄想だったらどうするの!?


 それなのに『さっきは大変でしたね』とか声をかけたら完全におかしな人じゃないか。


 どうしようか?

 どうするのが正解?


「あの……」

「えっ!?」


 僕が頭を抱えて苦悩していると急に声をかけられた。見上げて視界に入ったのは、いつの間にか側へ来ていた紡子さんだった。


「は、はい、なんでしょう?」


 慌ててガタッと席から立ち上がり僕は直立不動の姿勢になった。そんな僕に紡子さんはペコリと頭を下げる。


「先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「そ、それって……さっきのは夢じゃない?」

「はい、私たちは確かに『黒鳥の湖』の中にいたんです」


 紡子さんがこくりと頷く。


「えっと……それで、つ、綴さんとお呼びしてもよろしいですか?」

「も、もちろんです。僕も紡子さんと呼んでも?」


 聞き返すと顔を赤くした紡子さんが、はいっと頷いた。


 という事は、あの世界で告白したし紡子さんもオッケーって考えていいんだよね?

 つまり、今の僕と紡子さんは両想いで、だからもう恋人ってことでいいんだよね?


「紡子さん、そ、それじゃ今度の日曜にデ、デ、デートしませんか?」


 いきなり誘うのは引かれるかもしれなかったけど、紡子さんは嬉しそうに笑ってくれた。


「私もちょうど綴さんをお誘いしようと思っていたんです」

「えっ、やった――ん?」


 大喜びする僕の目の前に紡子さんが両手で一冊の本を差し出した。それは紡子さんの顔を完全に隠すほど大きく分厚い本。


「すっごく読みたい本があるんです」

「はあ?」


 顔の前に掲げた大きな本を僅かに下げ、紡子さんは上目づかいで僕を見上げる。そんな可愛い仕草に僕の胸はぎゅうっと掴まれたが、本のタイトルが目に入ると一気に顔が引き攣った。


「そ、その本は確か……」

「はい、死人がいっぱい出るミステリーです」


 本を受け取りパラリと中を見れば予想は違わない危険な香りが漂う小説。


 今、すっごく嫌な予感がするんだけど……


「もしかして、この本を読みたいと?」

「はい!」


 やっぱりぃぃぃ!!!


「ですが、もし紡子さんの異能が発動したらヤバいんじゃ?」

「ええ、それで気になっていながら今まで読めなかったんです」


 そりゃそうだよね。

 下手すれば死ぬよ?


 紡子さんと同じ状況なら誰だって読むのを普通は避けるでしょ。だけど僕は紡子さんの読書欲の異常さを理解していなかったようだ。


「でも、綴さんが一緒なら大丈夫かなって」


 ぺろっと舌を出して期待の目を向ける紡子さんに、僕は究極の選択を迫られているのだと気づいた。


「だから、今度一緒に読みませんか?」


 可愛いく笑う紡子さんに僕の胸は苦しいほど掻き乱される。

 だけど読めば死屍累々のミステリーの世界へご案内である。


 僕はいったいどうすればいいんだ!?


「本の中のデートって素敵じゃありません?」


 両手を合わせてお願いのポーズで尋ねられた僕の気持ちはグラグラに揺らいだ。



 ああ、紡子さんと一緒に読むか死ぬか……それが問題だ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紡子さんはいつも本の中にいる 古芭白 あきら @1922428

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ