第16話 紡ぐ物語⑧ 新たに紡がれた物語
私はいきなり佐倉さんにグイッと引っ張られ、彼の腕の中に閉じ込められてしまいました。
「僕が好きなのは書院さん……書院紡子さんだけだから」
頭上から降って来た突然の告白。
私の頭は真っ白になってしまいました。
「あ、あの……私……」
佐倉さんが……私を?
なんで?……本当に?
どうしよう?……どう答えれば良い?
私は困ってる?……それとも嬉しい?
佐倉さんに好きって言われて、私の胸に去来する思考の渦が騒めき落ち着かない。
「帰れなくなってもいいんですか?」
「書院さんを……紡子さんを見殺しにするくらいなら帰れなくてもいい」
私の背に回された佐倉さんの腕に力がこもる。それは彼の絶対に離さない意思表示。
「紡子さんが一緒ならこの世界に取り残されても構いません」
「原作の筋書きが壊れてしまいます」
「紡子さんが死んでしまう
佐倉さんの口が私の耳に近づいた。
「僕が永遠の愛を誓う相手がいるなら、それはコレットではなく……紡子さん、あなたです」
「あっ!?」
私の顔がカァッと熱くなる。
「この先に世界の終わりが待っていても……最後の最後まで僕は紡子さんが大好きです」
「佐倉さん……」
ダメなのに……いけないのに……嬉しい……涙が出そう……
「綴です……綴って呼んでもらえますか?」
「それは……はい……つづ…るさん?」
見上げて恐る恐る名前を口にすれば、佐倉さん……綴さんが優しく微笑む。その顔がとっても穏やかで、とても死を覚悟した者の表情ではありません。
「死ぬかもしれないのに……綴さんは私なんかでいいんですか?」
「なんかじゃありません」
綴さんの瞳が真っ直ぐ私に向けられる。
意外と長い彼のまつ毛にドキリとした。
「紡子さんがいいんです……紡子さんじゃないとダメなんです」
「綴さん……」
――嬉しい
異能とか、小説とか、物語の筋書きとか、そんな全てがもうどうでもよくて、ただただ私の胸は喜びでいっぱいになった。
「だから何度だって言います……紡子さんが好きです」
「はい……はい……」
私の目に溜まった涙が零れる。綴さんはその雫をそっと拭った手で私の頬を包み込む。綴さんの顔がしだいに大きくなっていく。
「私も……綴さんが……んっ」
私の言葉を遮り、唇に温かく柔らかいものが触れる。私は目を閉じてその心地よい優しさに身も心も委ねた。
そのキスは唇を重ねるだけではなく、私と綴さんの想いを繋げて溶け合わせていく。
どちらからだったのか、自然と私たちの唇と唇は分たれた。だけど心はしっかり結びついたままだと感じる。
目を開ければ世界は暗転していた。
なんの光も届かない真っ暗闇で、だけど不思議と綴さんの姿ははっきり見えた。
綴さんの腕の確かな力強さと温もり、そして目の前にいる安心感からか、こんな異常な世界にいながらちっとも恐くなかった。
「世界……無くなっちゃいましたね」
「後悔されていますか?」
「いいえ、これっぽっちも……」
即答して傍にいてくれて綴さんの存在がとても嬉しい。
「だって、生きるも死ぬも一人より二人の方が寂しくないから」
「私もです……本さえ読めれば一生一人で良いって思っていたのに……」
その場で留まったまま私たちは抱き締め合い、再びお互いを確かめるように唇を重ねた。
「もう、私は一人では生きていけませんね」
「大丈夫、紡子さんはもう一人じゃありません」
世界の終わりに私と綴さんの二人だけ。
取り残されたのが一人じゃないのがこんなに心強いなんて……いいえ、きっと相手が綴さんだからね、きっと……
「ふふふ、もう大丈夫そうね」
突然、私と綴さんだけの世界に横から楽しげな女性の声が割って入った。
「コデット!」
私たちが驚き見れば、そこには白いドレスのコデットと黒衣のロッドバロンが並び立っていた。
「この物語は終わりだけど、あなたたちの物語はこれから紡がれるのよ」
「だけど、私たちはもう……」
「まだ終わらないわ」
コデットは首を横に振って笑う。
「だから、頑張れ」
コデットはパチッと器用にウィンクした。
「私は私で頑張ってロッドバロン様にアタックするわ。まあ見てなさい、絶対に堕としてみせるから」
コデットが愛おしそうに横のロッドバロンを見上げる。するとしだいに周囲が白く染まっていき、光の世界に私と綴さんは飲み込まれた。
「紡子さん!」
「綴さん!」
あまりの明るさに互いの姿を見失った私たちは引き離されるのを恐れるように抱き締め合った。
「くすくす、それがあなたの望んだ
そんな光だけの世界にコデットの声が私の耳に届いた。
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