第15話 綴る世界⑧ 綴の選択する世界
目の前で書院さんを攫われて僕は焦った。
このままでは書院さんがコニールと同じ運命を辿ってしまう。だけど、物語を改変すれば僕も書院さんも現実世界に戻れなくなるかもしれない。
その時、この世界はどうなるのか?
もともと小説はジークとコデットが結ばれるところまでしか描かれていない。ならば世界そのものが消える可能性だってある。
元の世界に戻れなければ僕と書院さんは、この世界と一緒に消滅してしまうんだろうか?
死ぬのは恐い。
消えて無くなるなんて想像しただけで足がすくむ。それでも書院さんを殺して自分だけ助かる道を選択するつもりはこれっぽっちもない。
だって僕は彼女を……
だから、僕は書院さんを追いかけ湖畔にある廃墟の聖堂へと再びやって来た。
「あら、ジーク王子ではありませんか」
突然現れた僕を見て、書院さんそっくりのコデットは少し驚いたように目を見開いた。
「もしかして舞踏会にショインさんは来られませんでしたか?」
「ううん、君の言った通り彼女は来たよ」
「それでは何故ここに?」
「逃げられてしまったんだ」
僕が自嘲ぎみに笑うとコデットは眉間に皺を寄せた。
「まさか私を彼女の代わりにしようなどと考えられてはありませんよね」
「それこそまさかさ……どんなにそっくりでも君はコデットであって書院さんじゃない」
どんなに似ていてもコデットは書院さんとは別人で、僕は目の前の美しい女性にも胸の高鳴りを覚えない。
「諦めたわけではないのですね?」
「もちろん、僕はそのためにここへ来たんだ」
書院さんがどこにいるかわかんない。でも、彼女は物語の進行を気にしていた。だから、僕がコデットに会えばストーリーの進行に合わせて必ず姿を見せるはず。
「僕はけっして諦めない」
絶対に書院さんと一緒に元の世界に帰る。
「その結果、
「それを聞いて安心しました」
僕の決意に満足そうにコデットが頷いた。
「だそうですよ。出ていらっしゃいコニール」
――カチャッ
その時、背後で石を蹴る音がした。
「どうして……」
振り返れば舞踏会で見た黒いドレス姿の書院さんが苦しげに僕を見つめていた。
「このままじゃ物語が終わらず世界が消滅してしまうわ。そうなれば佐倉さんだって消えちゃうのよ!」
書院さんは僕に詰め寄り胸ぐらを掴んだ。
「どのみち私は助からないわ」
ストーリーを再現すれば書院さんは僕に殺される。それを回避すれば僕と書院さんは世界とともに消滅するかもしれない。
「でも、試したことはないでしょ?」
もしかしたら問題なく現実世界へ戻れるかもしれないし、この世界だって消滅しないかもしれない。
「だけど危険な賭けだわ。それよりも小説に沿ってラストシーンまで行けば佐倉さんだけは確実に戻れるのよ」
僕の胸元を握る書院さんの手が小刻みに震えている。その手を僕は優しく包み込んだ。
「どのみち僕がコデットに告白したって呪いは解けません」
「どうして?」
「だって僕は彼女を愛していませんし、彼女も僕を愛していません」
当たり前のことなのだ。
僕は佐倉綴であって『黒鳥の湖』のジークじゃない。コデットの方も僕に対して恋慕の情など抱いていないのは一目瞭然だ。
「うわべだけ取り繕って呪いが解けるならコデットはとっくに人の姿に戻っていますよ」
「だけど原作ではジークがコデットと最後に結ばれるんです」
書院さんは小説の筋書きにこだわってしまっている。
「それはジークだから、物語の主人公はジークだから……」
だけど僕がジークになってしまった段階でそれは破綻してしまっている。
「だけど、ここにいる僕はジークじゃない……佐倉綴なんです」
「でも、私が死なないと……佐倉さんが帰れない……」
「それは物語のコニールの役目です……僕がジークじゃないのと同じで、あなたはコニールじゃない、書院紡子さんなんです」
「ですが、それでも物語のラストシーンさえ迎えれば佐倉さんは現実世界に帰れるはずです」
「それでも僕はコデットに嘘の告白をするつもりはありません」
「命がかかっているのにどうして――あっ!?」
僕は書院さんを強引に引き寄せ抱き締めた。
「僕が好きなのは書院さん……書院紡子さんだけだから」
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