第14話 紡ぐ物語⑦ 絶望へ向かう物語


 ――バサッバサッバサッ……


 湖のほとりに降り立った闇となって膨れ上がり、黒髪の美中年に変わった。


「ここまでは予定通りだな」


 その目の前で私も黒鳥から人の姿へと戻る。


「ええ、そうですね」


 ここまでは小説のストーリーに沿って動いている。


「ジークをあっさり騙したコニールの演技も見事だった」

「い、いえ、それほどでも……」


 実際には佐倉さんは私を書院紡子だと知っていました。彼は私とわかってダンスに誘ったのです。


 佐倉さんの意外と大きな手が私の小さい手を握り、彼の腕が私の腰に回され密着して……思い出しただけで顔から火を噴き出しそう。


 しかも、テラスで彼は私を……好き…‥って……


「どうした? 顔が真っ赤だぞ」

「な、なんでもありません」


 何を考えているの?


 佐倉さんが私に告白は物語から脱出するための方便なのよ。


 きっとそう。


 だから勘違いしたらダメ!


 佐倉さんが私に愛を告げたことで展開が小説通りに動いているんだから!


 小説では会場に現れたコデットを装ったコニールにジークが愛を誓ってしまう。その後、ロッドバロンとコニールは正体を明かしてジークを絶望させる。


 それを悔やむジークは湖の聖堂でコデットと再開する。その前にお父様ロッドバロンは現れジークに試練を与える。それによって二人の絆を深めようと画策しているのだ。


 どうしてそんな回りくどい真似をしているのか?


「あのままではジークはけっしてコデットを呪いから解放できないからな」


 ロッドバロンの呪いは彼を殺すか真実の愛をもってしか解けない。だけど、ジークの恋心は表面的なものでしかないと見抜いたロッドバロンは彼に発破をかけようとしたのだ。


 そこで、ジークの危機感を煽るために娘のコニールにコデットを演じさせてジークを嵌めるのですが、これが彼と娘の不幸の始まりだった。


 ジークとコデットを結びつける時に行き違いでコニールは殺されてしまう。さらにロッドバロンもまたジークによって殺される。


 彼らの献身でジークはコデットへの本当の愛に目覚め呪いは解かれて結ばれるのだけど、なんとも後味の悪いハッピーエンドよね。


 だけど賽は投げられた以上、もうこの流れに従うしかない。ジークとなった佐倉さんもきっとここへやって来る。


「コデットに会いにジークがやって来たらコニールの出番だ」

「はい、お父様」


 コデットに謝罪するジークの前に現れたコニールは二人を炊きつけるために煽りに煽る。


「お前なら必ず上手くやれる」

「……はい」


 そして、ジークはコニールを思わず殺してしまうのだ。それに怒ったロッドバロンも……


「お父様は……本当にこれでよろしかったのですか?」

「うん?」


 ストーリーの改変に繋がることはすべきではない。それなのに私の口から思わずポロリと質問が漏れ出てしまった。


「お父様はもしかしてコデットを愛しておいでだったのではないかと」

「……」


 時折コデットに見せるロッドバロンの微笑は優しく、そしてとても甘い。コデットの方でもロッドバロンを見つめる瞳が熱っぽい。


「このままコデットとジーク王子の縁を取り持ってよろしいのですか?」


 こんな指摘は完全に物語から逸脱している。それでも私はコニールやロッドバロンという好きなキャラたちの理不尽がやはり許せないのだろう。


「コニール、俺もお前も悪魔だ」


 お父様ロッドバロンの青い瞳に悲しみの翳が落ちた。


「我らと人が交われば不幸になる……お前もコデットの件で身に染みたのではないか?」

「それは……」


 それこそ最大の不幸がこれから起きるのよ。


「どちらにせよ賽は投げられた」


 お父様ロッドバロンの目がフイッと私から外れ王城の方角へ向けられた。つられて見れば森から一人の男性が湖畔へと出てきた。


「第三幕の始まりのようだ」


 それはフィナーレに向けて佐倉さんヒーローの登場だった。

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