第87話 そう見えるかな、やっぱ。
「あ、あはは……」
突然の質問に、貴樹は顔を引きつらせつつも、精一杯乾いた笑みを浮かべた。
時間が経ってすっかり忘れてしまっていたけれど、美雪が瑞香にあっさりと暴露してしまっていたことを思い出す。
それに『メイド服』というこれ以上ないほど具体的なキーワードが飛び出たことを考えると、誤魔化すようなことはできないだろう。
「そ、それで相談……ってのは……?」
「えっと……。一言で言うと、男子の考えが私ではよくわからなくて。だからいろいろ聞いてみたいんです」
「あー……」
その話を聞いてなんとなく貴樹は彼女の言いたいことが分かってきた。
貴樹も美雪から聞いていて知っている。
目の前にいる少女が、同じ従兄妹の男の子に好意を持っていることも。
そもそも美雪がメイド服で……とアドバイスしたのも、それを後押しするための話だからだ。
となると、そのことから推測すれば、瑞香が相談したい内容というのは、いわゆる恋愛の相談だろうと思えた。
(……つってもなぁ)
ただ、貴樹としては正直苦手なジャンルでもある。
中学時代にはサッカー部に所属していたこともあって、噂では結構な人数の女子から注目されていた……らしい。
それは陽太からの情報だから信ぴょう性がないわけではないが、しかし結果としては一度も女子から告白されたことはなかった。
頻繁に男子に呼び出されていた美雪とは対照的だ。
もっとも今となって考えると、公に付き合っているわけではなかったとはいえ、美雪がいつも近くにいたことから遠慮したのだろうことは予想がついた。
なぜ、同じ立場であるはずの美雪はそうじゃななく、男子から度々告白されていたのかは自分ではわからないけれども。
それはともかくとして、美雪以外の女子のことをあまり知らない自分としては、恋愛相談に乗れるほどの経験値を持っていないと自信を持って言えた。
「いいけど、俺が相談に乗れることって大したことないぜ?」
「それはかまいません。……というより、坂上さんくらいにしか聞けないことですし」
「そっか。――で……?」
「はい。あの……こ、告白されたのはどちらからなんでしょう?」
貴樹が質問を促すと、瑞香は少し頬を染めてうつむき加減でそう尋ねた。
その様子から恋愛に対しては疎いのだろうことは想像できたが、自分も似たようなものではある。
そのくらいなら美雪に聞いても教えてくれるような気はしたけれども、貴樹は素直に答えた。
「えっと、一応俺から……かな」
「で、ですよね……? なにかキッカケとかありました?」
「キッカケか……」
貴樹はその時のことを思い浮かべるように少し上に視線を向けた。
あれは玲奈との一件があって、美雪が精神的に弱っていたときのことだ。
それまで自分のために手助けしてくれていた彼女に対して、自分に何ができるかを考えたときに、それしか思いつかなかった。
実質、それまでも付き合っているのに近いレベルの関係ではあったけれど。
「……そうだな。あったと言えばあったかな。俺から逆に聞きたいんだけど、美雪の印象ってどんな感じだ?」
「え? えっと……。私と違って、ものすっごく頭が良くて、元気そうで、友達がいっぱいいそう……な感じ、でしょうか?」
瑞香は首を傾げながら、美雪の顔を思い浮かべて返した。
「そっか。そう見えるかな、やっぱ」
「はい。……違うんですか?」
「そうだな。美雪ってさ、確かに中学くらいからはそんな印象なんだけどさ、本当は違うんだよな。……いや、俺も勘違いしてたんだけど」
「勘違い、ですか?」
「ああ。さっき小学校のころの話をしたと思うんだけど、アイツってずっと虐められてたんだよな。だから、その頃は友達も少なかったし、いつも元気って感じでもなくてさ」
「美雪さんが……」
そんな話を初めて聞いたというような表情で、瑞香はポツリと呟く。
校区が違っていたから、美雪と会うことがあってもあまり学校の話をすることがなかったことに今更気づく。
ただ、それでも貴樹の名前はよく聞いていたから、彼女にとってその存在はよほど大きかったのだろう。その頃から。
「中学校くらいから虐められることもなくなって、今みたいな感じだから、俺も心配してなかったんだ。……でも、本当のアイツは昔と変わってなかったってのがわかって。だからキッカケっていうなら、そのことに俺が気づいたってことかな」
「…………」
遠くを見るような視線で語る貴樹の顔を見つめながら、瑞香は何も答えずにしばらく黙っていた。
美雪がメイド服で誘惑したことがキッカケとなって告白されたのではないかと瑞香は想像していて、そのことをどう感じたかを貴樹から聞きたいと思っていた。
ただ、聞いた話からすると、何かの影響があったかもしれないが、本質はそこにはなくて。
それよりもずっと以前から、ふたりが深い関係性を持っていたことによるのだと理解した。
(私と優斗ならどうなのかな……?)
美雪と貴樹の関係を、瑞香は自分と優斗の関係に置き換えて考えてみる。
同じ歳に生まれて、美雪のように隣同士という訳ではないけれど、従兄妹として小さいころからよく会っていた。
そして同じ学校で学んできたから、彼のことはよく知っている……はずだ。
ただ、先ほどの貴樹の話では、これほど近いふたりですらお互いのことを見誤っていたという。
なによりも、美雪はずっと幼馴染の彼のことが好きだったのにも関わらず、付き合うことになったのは高校生になってからだ。
本当にすべてを知っているなら、もっと早く付き合っていないとおかしいだろう。
(優斗のこと、私は表面上でしか見れてないのかも……)
彼の表に現れている言動や姿は、たぶん彼の両親を除けば自分が一番わかる。
それでも、何を考えているのかとか、そういった内面を深く知ろうと意識したことはない。
もしかして、それが自分に足りないものなのかもしれない。
そう瑞香は思った。
◆
体調不良が長引いていて、執筆になかなか集中できていません。
連載中の作品は必ず完結まで書きますので、申し訳ありませんが気長にお待ちくださいm(_ _)m
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