第86話 相談があるんです。
「まぁ……別にいいぜ」
瑞香に誘われて貴樹は空いた席に座り、目の前のテーブルに先ほど買ったオレンジジュースを置いた。
その正面に控えめに座った瑞香と目線の高さが近くなったこともあって、はっきりと彼女の顔が見える。
長く伸ばした黒髪を見ていると、小学生の時の美雪を思い出させる。
従姉妹ということで顔立ちも似ているように思った。
もしその頃の彼女がそのまま成長していればきっとこんな感じになったんだろうな、という気がした。
それはそれで見てみたかった気もするが、美雪は美雪だ。
(歳がひとつしか変わらないってことは、当然その頃の美雪も知ってるってことだよな……?)
従姉妹なのだから、小さいころから交流はあったはずだ。
美雪のことは大抵知っていると思っていたけれど、従姉妹のことを話してくれた記憶がなかったけれど。
とはいえ、じっと見るのも気恥ずかしくて、貴樹は目を逸らしながら言った。
「なんか飲む? ジュースくらいなら奢るよ」
「いえ、そういうわけにも……。お母さんからお金貰ってますから、自分で買いますね」
瑞香は首を振って立ち上がった。
そう言われると何も言えなくて、彼女が自動販売機で飲み物を買って戻ってくるまで待っていた。
「すみません、お待たせして」
「別にいいって。どうせやることもないから」
これまで入院したことは一度もなかったが、今回は急だったこともあって、何も持ってきていない。
というより、気づいたら病院にいたのだから持ってこれるはずがない。
明日には自分も退院できるのだろうが、暇で仕方がなかったから、話し相手がいるだけでもありがたかった。
「私もです。誰も見舞いには来てくれませんし……。えっと、坂上さんでしたよね?」
「ああ。言ったことあったっけ?」
そういえば彼女に名前を教えたことがなかったと思いながら聞き返した。
「いえ。でも体操服に名前書かれてますから」
「あー、なるほど」
ふたりが通う高校の体操服には、胸のあたりに小さく名前が刺繍されている。
貴樹自身はクラスメイトの名前は憶えているから、それをわざわざじっくり見ることなどなかったけれど、彼女はそれを見て貴樹の苗字を知ったのだろう。
「はい。それに美雪さんからも坂上さんのこと、お聞きしてますし」
「へー……」
美雪がどこまで話しているのかわからなくて、貴樹は相槌を打つことしかできない。
ただ、内気そうな外見とは裏腹に思ったより社交的に思えた。
以前の美雪とはかなり違う。
(っても、今の美雪はそうでもないか)
美雪は中学に入ってから明るくなって、友達とも仲良くするようになったからだ。
そんなことを考えていると、つい聞きたくなった。
「長谷川さんって、美雪の従姉妹だから、アイツが小学校の時のことも知ってるんだよな?」
「小学校……ですか。はい、知っていますけれど。髪を伸ばしてましたよね?」
「ああ。そうだな。……でも聞きたいのはそういうことじゃなくて、もっと別のことなんだけどな」
「別のことって言われても。例えば?」
質問の意図は伝わっていないようで、瑞香が聞き返す。
貴樹も明確に言っていないからそれで伝わるならエスパーだけれども。
とはいえ、なかなかはっきりとは聞きにくい話題でもあった。
「えっと、美雪ってさ、小学校のころってあんまり友達がいなかったじゃん?」
できる限りオブラートに包んで話すと、瑞香は意外そうな顔を見せた。
「え、そうなんですか? 本家でたまに会ってましたけど、そんな風には見えませんでしたけど……」
「へぇ……。じゃあ、中学に入ってからとそんな変わった感じはしない?」
「ですね。髪を切ってだいぶ雰囲気変わりましたけど、中は一緒ですし……。あ、坂上さんの話を良くしてたのも、ずっと前から一緒ですよ。羨ましかったです」
「ははは……」
貴樹は苦笑いを浮かべる。
美雪がどんな話をしていたのかはわからないけれど、瑞香の口ぶりでどんどん恥ずかしくなってきた。
しばらく貴樹の様子を見ていたのか、瑞香は急に真面目な顔で口を開いた。
「あの、実は相談があるんです。前から聞きたかったんですけど、美雪さんがいるときには聞けませんし……」
「俺で答えられることなら構わないけど」
あえて「美雪がいないから」という相談に訝しみながらも、かといって内容次第でもあるからとりあえず頷くことにした。
「ありがとうございます。……えっと、坂上さんって美雪さんとずっと幼馴染で、最近付き合い始めたってお聞きしてるんですけど……」
「まぁ、そうなるかな」
「最近」というのがどのくらいを指すのかはなんとも言えないが、付き合い始めてからあとちょっとで半年だ。
そう考えれば、これまでの期間からすると相対的には短いだろう。
しかし――。
「美雪さんからは……その、えっと。……メイド服着て……って話を聞いて……」
「…………!」
想像もしていなかった内容が彼女の口から飛び出したことで、貴樹は口をぽかんと開けて呆然とした。
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