第79話 大丈夫かな……?

 普通の学校での二人三脚は、団体戦で皆が短い距離を走ることが多いけれど、この中央高校では個人競技だ。

 いわゆる徒競走に近い。

 そのため、徒競走に比べると短いけれど、50mを走る必要があり、故に速いペアと遅いペアの差はかなりのものだ。


 それに単なる足の速さとは違って息が合っているかどうが大事だから、男女別ではなく、男同士だったり女同士だったり、もしくは男女ペアだったりと完全な混合戦だ。

 例年、男子ペアを女子のペアが置き去りにするようなこともあって、かなり盛り上がる競技でもある。


「私が結ぶね」


「わかったよ」


 紐を係の先生から受け取った瑞香は、優斗に断ってからしゃがみ込んで優斗の右足と自分の左足を結ぶ。

 しっかり括るのがコツだと聞いていたから、とりあえず周りを見ながら真似して結んだ。

 そのまま立ち上がると彼と密着するような格好になり、恥ずかしくなって少し距離を取ろうとするが、それはそれで変だと思って肩を優斗の腕に触れるギリギリを保つ。


 全く作戦など相談することもなかったから、瑞香は優斗に尋ねた。


「えっと、どっちの足からスタートする?」


「どっちでもいいけど……」


「んーと、それじゃ最初に結んだ足から踏み出そうか?」


「わかったよ。歩幅は瑞香に合わせるから」


「ありがとう。うまく走れるかな……」


 足が繋がっている違和感は相当なものだ。


「列に並ばないと……。――わわっ!」


 まずはスタートの列に並ぶため歩こうとするが、いきなり足が引っかかって危うく転けそうになった。

 ゆっくりだったこともあって完全に倒れる前になんとか持ち直したものの、本当にこの状態で走れるのかと不安になる。


「大丈夫か?」


「うん……」


 心配した優斗が声をかけるが、瑞香は不安と緊張でどんどん心拍数が高くなってきて、まずは落ち着こうと大きく息を吐いた。

 そして周りがどうしているのかと様子を確認する。

 見れば、お互いの腰に手を回して、掛け声を言い合ってタイミングを合わせているように見えた。


(でも恥ずかしいよぅ……)


 同じことをするのが近道かと思うけれど、自分から手を回すのはどうしても恥ずかしくて無理だ。

 そう思っていたとき――。


「あ……」


 ふと、自分の背中に触れる手の感触を覚えて、瑞香は左側に顔を向けた。

 見れば、優斗が視線を逸らしつつ、右手をそっと伸ばしていて。

 照れているような横顔を微笑ましく思いながらも、瑞香は自分も彼の腰に手を回した。控えめに。


 すると相手の動きがわかりやすくなって、ゆっくり歩く程度なら心配ないくらいになった。


 少し余裕が出てきた瑞香が他の参加者をに視線を向けた。

 そのとき、近くで「きゃっ!」という声とともに、ひとりの女子が転けるところが目に入った。


(あ! 美雪さんだ……)


 それは従姉妹の美雪だった。

 彼女は周りの注目を集めながら、相方である彼氏――貴樹に手を引いてもらってなんとか立ち上がった様子だ。

 苦笑いしている彼と、恥ずかしいのだろうか、顔を真っ赤にしている美雪。


(美雪さんのことだから、あれも作戦……なのかしら?)


 確かにそうすれば合法的に手をつなぐことができるだろう。

 先輩の場合、今更スキンシップする必要があるのかどうか、という問題はあるにしても、合理的な作戦に思えた。


(よし、私も……!)


 そう心に決めた瑞香は、どのタイミングで転けるか計算する。

 今は優斗も転けた美雪のほうを見ているようだから、もう少し待つべきだと判断しつつ、何気なく一歩足を踏み出した。

 ――足を結んでいることを忘れて。


「――えっ!?」


 踏み出そうとした足が踏み出せずに、しかし上半身は前に進んでいたから、必然的にバランスが崩れる。

 なんとか踏ん張ろうとしたけれど、体重差もあって、それも叶わない。


「あああっ!」


 ――べしゃっ。


 結果、なんとか片手を付いたけれど、当然自分の体重はそれでは支えきれずに、瑞香は顔面からグラウンドに着地した。

 そしてさらにその直後――。


「おわぁっ!」


 瑞香に片足を掬われるような格好になった優斗も、彼女に折り重なるように倒れ込んだ。


 ◆


 貴樹に手を引いてもらって立ち上がった美雪は、その直後に悲鳴を上げる女子の声を聞いて振り返った。

 さらに続けて男子の声も。


「あっ……!」


 足がもつれたのだろう。

 男子が上側で、先に倒れた女子の上に覆いかぶさるように倒れているようだ。

 それがいとこの優斗と瑞香だと気づくのにさほどの時間は要しなかった。


「おぉ、いきなり積極的ぃっ!」


 それを見た美雪は目を輝かせるが、貴樹は呆れた顔を見せた。


「ただコケただけじゃないのか? っておい、鼻血でてんぞ?」


 倒れたときに瑞香の後頭部に顔をぶつけたのだろうか。

 優斗が鼻血を出して、垂れた血が瑞香の白い体操着を赤く染めていた。

 介抱しに行きたいと思ったけれど、足が括られていて躊躇していると、すぐ係の先生が駆け寄ってくるのが目に入った。


「大丈夫かな……?」


「ま、あのくらいなら大丈夫だろ。服に付いた血のほうが心配だけどな」


「だよね。どうするんだろ……」


 ふたりで話していると、足の紐を先生に解いてもらったふたりは、そのまま医務室に連れられていくところだった。

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