第72話 偉そーに言わない!

 週明け、美雪と貴樹が登校すると、先に来て亜希と話をしていた玲奈が美雪を見つけて声をかけた。

 貴樹は女子の話には加わらず、軽く手を上げて自分の席に座る。


「土曜日は来てくれてありがとう。ごめんね、あまり話もできなくて」


 2年に進級したときには成績順でクラスが決まるということもあって、いわゆる優等生である玲奈たちは皆同じクラスになっていた。

 貴樹と仲の良かった陽太だけは残念ながら違うクラスになってしまい、今は通学中やたまに昼休みに学食で話をするくらいだ。


「ううん、仕事だもん。仕方ないって。でも玲奈はずっと人気だね。いろんなテーブルからお呼びがかかってたりしてたし」


「おかげさまで歩合が良いのよね」


「へー。そんなのあるんだ」


 感嘆する美雪に亜希が補足する。


「そーなのよ。だからチケット配ったりとかねー。アタシもやってるでしょ?」


 それまで普通の飲食店でのバイトくらいにしか思っていなかったけれど、聞くところによると指名されたりするたびにポイントが溜まり、給料に反映される仕組みになっているそうだ。

 そして、玲奈は入ってまだ数ヶ月しか経っていないにもかかわらず、あの店で一番人気があるのだと亜希から聞いていた。


「それだけ人気だと、声かけられたりしないの?」


 玲奈の人気ぶりに、美雪はからかうような口ぶりで言った。

 しかし、玲奈は苦い顔をしつつ首を振った。


「私、正直男の人苦手なのよ。前に少し話したけど、お父さんがアレだったから……」


「あ……。ごめん……」


 玲奈の話に、美雪はバツの悪そうな顔で頭を掻いた。

 以前、彼女から父親に虐待されていたことを打ち明けられていたことを思い出す。

 普段は男子達とも気さくに話しているように見える彼女だが、誰とも付き合うような素振りがないのは、そういった過去のことがあるからなのだろうか。


「別に構わないわ。……ところで、土曜に店に来てた美雪のいとこふたり」


「あー、ふたりにも会ったんだ」


「うん。彼女のほうは彼に気がありそうね」


「あ、わかる?」


「そりゃ、ね。でも彼のほうはどうかなぁ? 他のバイトの子に聞いたけど、最初彼が店に来て、あとで別に来た彼女が合流したみたいなのよね。偶然……ってワケでもないと思うから、ね」



 美雪はその話に首を傾げる。

 てっきりふたりで仲良く店に来たのだと思っていたからだ。

 しかし、話の通りなら単なるデートだったのではないのだろう。それに瑞香がひとりであのメイド喫茶に入るとは思えない。

 となると――。


(ゆうくんを見つけて尾けてたのかな……?)


 そうとしか思えなかった。

 そして、自分も以前同じようなことがあって、貴樹がメイド喫茶に入るのを見かけて、外で様子を窺っていたことを思い出す。

 そのときは店に突撃するようなことはできなかったけれど、瑞香はそれを実行したのだろうか。


(勇気あるなぁ……)


 自分にはとてもそんな勇気はなかった。

 そのくらいのことができているのなら、もっと早く彼と付き合うことになっていただろうことも今ならわかるけれど。

 そこでふと疑問を呟く。


「……ゆうくんはなんでひとりで店に行ったんだろ?」


 瑞香とのデートではなかったとしたら、ひとりで店に行くのは何か目的があったのだろうか。

 単に時間潰しというわけでもないだろうし。

 ただの喫茶店というわけでもなく、高校生が行くにはそれなりにお金もかかる。


「さぁ……。でも、店に来る人って、ほとんどが店の子が目当てだけどね」


「そうそう。案外、玲奈チャン目当てだったりしてー」


 玲奈に続いて亜希が茶化しながら言う。

 彼がそうかはわからないけれど、玲奈を目当てに来る客が実際多いことを亜希は知っていた。

 料理や飲み物を目的に来る客がいないわけではないけれど、それは稀だ。


「まぁ、そうよね。貴樹だってそうだったし」


 ちらっと自席で机に顔を伏せて寝ている彼を見てから美雪は言った。

 彼の場合、特定の店員が目当てというわけではなかったが、優斗がどうかはわからない。


「今度、瑞香に聞いてみよっかな……。あ、ごめん。私やらないといけないことあるから」


 美雪は時計を見て、話していたふたりに断りを入れる。


「ふふ、いつものやつね。ごゆっくり」


 玲奈ももう慣れたもので、美雪の用事が何なのかはわかっている。

 貴樹のところに行く美雪を目で見送ってから、玲奈は亜希との話に戻った。


「ほらっ、時間ないから早く宿題見せなさいよ!」


「時間ねーのは美雪が駄弁ってたからだろー?」


 それは事実ではあるが、口ごたえする貴樹に美雪は頬を膨らませる。


「ぷー、偉そーに言わない! ほーらー」


 ずずっと手を差し出され、貴樹は面倒そうに鞄から宿題のノートを取り出して手渡す。

 そして立ったままパラパラとページをめくり、今日の宿題の部分を探し出した美雪は、みるみるうちに眉を顰めた。


「……1問目から間違うって何やってんの! やり直しっ!」


 そう言って貴樹の頭をノートでペシっと叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る