第71話 ……私は別に困らないけど?

「お帰りなさいませっ! ご主人さま、お嬢様っ」


 それからしばらくして、貴樹と美雪がメイド喫茶に顔を出すと、ツインテールのメイドさんが元気に出迎えてくれた。

 その彼女は、ふたりの顔を見て「あっ」と小さな声を上げた。


「えと、確か亜希ちゃんのご友人ですねっ。ごめんなさい、今日はお休みなんです」


 顔を覚えていたのか、申し訳無さそうな顔で頭を下げた。

 美雪もそのメイドさんは覚えていた。

 初めて貴樹とこの店に来たとき、最初に案内してもらった娘だ。

 前回、名札までは見ていなかったがピンク色の丸文字で「奈央」と書かれていた。


「いや、別にアイツに会いに来たわけじゃないしな。いいって」


「そうですか。それじゃ、ご案内しますねっ」


 貴樹が手で制すると、笑顔のメイドさん――奈央は、ふたりを店内に案内する。

 店の中ごろまで入ったとき――。


「あれ、瑞香……? って、ゆうくんも」


 途中のテーブル席に向かい合って座っていた瑞香と優斗を見つけて、美雪が驚いた声を上げた。

 声に出してしまってから気付いたが、こういうときは気付かなかったフリをしたほうが良いと思って、ハッと口を手で押さえたがもう遅い。


 自分の名前が耳に入って顔を上げた瑞香がびっくりした顔を見せた。


「え? 美雪さん……!?」


「あはは……。ごめん、邪魔しちゃって」


 どうしたものかと思いながら答えた美雪に、優斗は慌てて弁明する。


「ち、違うんです。これはたまたま……!」


 優斗にしてみれば、ひとりで来たはずなのに、なぜかばったり出会った瑞香と相席していたに過ぎない。

 ただ、傍目からはデートしているようにしか見えないことも理解していた。


「別にいいよー、私たちのことは気にしないで。ごゆっくり」


 美雪はにんまりと笑みを浮かべたままふたりに手を振ると、案内してくれていた奈央に「できるだけ離れた席でお願い」と伝えた。


「ちょ、ちょっと……!」


 優斗は訴えかけるような顔で手を伸ばすが、ただ恥ずかしがっているだけだと思った美雪は、貴樹に「行こ」と呼びかけた。

 貴樹はそれに複雑そうな顔で「へーい」と頷く。

 どんな話であれ自分たちが首を突っ込むようなものではないから、美雪の言う通り、声の聞こえないような離れた席にいるほうがいいのだろう。


 席に案内されたあとは、いつものように各々好きな飲み物とケーキを注文した。

 待っている間、美雪が小声で話しかける。


「もうデートするよーになったんだぁ。んっふふふ」


 美雪としてみれば、妹のように接していた瑞香を応援していたから、あのふたりが良い関係になることを嬉しく思う。


「悪役みたいな顔だな……」


 貴樹としては直接の関係がないふたりだから、ただの外野……ですらなく、観客だと思っていた。

 しかし目を細めて口角を上げる美雪を見て、ただただそう感じた。


 ◆


「絶対、誤解されたじゃんか……」


 美雪たちが去ったあと、優斗は席に座ったまま頭を抱えた。

 優斗としてみれば、受験勉強に付き合ってくれたし、従兄妹の瑞香のことはもちろん好ましく思ってはいた。

 ただ、幼い頃からよく知っていることもあり、恋愛対象という感覚はこれまで持っていなかった。


 目の前に座る瑞香をちらっと見ると、なぜか微妙に不機嫌そうに見えた。


「……誤解されたらなんかマズいことでもあるの?」


「マズいことは……」


 真意を図りかねる質問に、優斗は口ごもる。

 仮に誤解されたまま、それが広まるとどうなるか。

 同じクラスの瑞香が相手ともなれば、冷やかされるのは間違いないと思えた。


「いや、やっぱマズいって。瑞香だって困るだろ? 変なウワサとか立ったら……」


 そう。冷やかされるのは瑞香の側からしても同じことだ。

 優斗はそう思ったが、瑞香は首を少しだけ傾げた。


「……私は別に困らないけど?」


「は……?」


 優斗は瑞香の考えがわからなくて、ぽかーんと口を開けた。

 意図を聞こうかとも思ったが、どう聞くのが良いのかわからなくて、次の言葉が出てこなくて口を噤んだ。


 そんなタイミングで、注文していた飲み物が席に届けられる。


「お待たせしましたっ! ……あら、また来てくれたんですねー。ありがとっ」


 テーブルに運んできたのは玲奈だった。

 優斗の顔を見るなり、すぐに気づく。


「は、はい。来てみました……」


「ふふっ、デートですか? ゆっくりしていって……」


 そう言って玲奈が柔らかい笑みを見せた。

 間違いなく誤解されていると思った優斗は慌てて遮る。


「い、いやっ! そんなんじゃないですからっ!」


 大きな声を出した優斗に、玲奈は目を丸くしながらも、ふたりを交互に見遣る。

 優斗は焦っている感じがするが、女の子のほうは落ち着いている――いや、どちらかと言うと不貞腐れているように見えた。


(……なるほどね)


 玲奈はなんとなくふたりの関係を察しつつ、そういえば彼は美雪の従姉弟だったことを思い出す。


「それは失礼しました。とはいえ、ごゆっくりおくつろぎいただければと」


 玲奈は当たり障りなく礼をして、ふたりの席を後にした。

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