第73話 オススメだけど、どう?

「再来週の体育祭、なに出るか決めてんのか?」


 学校からの帰り道、貴樹は半歩先を歩く美雪に何気なく聞いた。


「ん? えーっと、なんにも」


 美雪は振り返りながら小さく首を傾げたあと、小さく首を振る。

 そのとき髪が肩で分かれる様子を見て「結構伸びたな」と貴樹は頭の中で呟く。

 冬ごろは肩に触れるかどうか、ギリギリくらいだったはずだ。

 もっとも、小学生の頃は長い髪だったことをよく覚えているから、それに比べるとまだまだ短いことには変わりないのだが。


「そっか。去年は二人三脚だったな」


「だねー。なんか急に陽太君と交代したやつ」


 この中央高校での定番競技ではあるが、男女混合の種目だ。

 クラスの中から希望者を募り何組かが出走する競技だったが、昨年は貴樹は同じ中学だった陽太に誘われてふたりで走ることになっていた。

 しかし――。


「あれ、絶対アイツの作戦だったろ」


「今思えばそうだよね。アレは恥ずかしかった……」


 運動神経の良い陽太は多くの競技に駆り出されていたが、直前のリレーで足を挫いたと言って、土壇場で陽太に頼まれて代わりに美雪が走ることになったのだ。

 そして、運動神経皆無な美雪は全くタイミングが合わず、衆目の注目のなかで貴樹にしがみついたまま引き摺られるようになんとかゴールしたという苦い経験があった。


「しかも、その後の障害物競走、ふつーに陽太走ってたしさ」


「うん。『え? なんで?』ってなったもん」


 美雪としては恥ずかしかったけれども、合法的にくっつくことができて嬉しいと思っていたことは秘密だ。


「で、今年はどうする? って話」


「うーん……」


 改めて貴樹に聞かれて、美雪は唸る。

 今年も二人三脚に出るという選択肢もある。

 ただ、運動神経がないことは変わらないのだから、去年と同じような結果になることも予想できた。


「……練習するか?」


「ん? 何を?」


 ポツリと呟いた貴樹に、美雪は聞き返した。


「そりゃ、二人三脚の。練習しとけば慣れるだろ」


「なるほど……」


 美雪はその光景を想像する。

 確かに、全力で走るような競技ではないのだから、事前に息を合わす練習をしておけば去年のような失態はないだろうと思えた。

 なによりも。


「……うん。私頑張る」


「別に頑張るほどでもないだろ。すぐ慣れるって」


「あはは、私が頑張りたいだけだから」


 美雪は笑いながら貴樹の手を握ってブンブンと振った。


「じゃ、帰ったら早速だねー」


 そう言いながら手を握ったまま彼の腕を引いたとき、美雪は学校のほうから歩いてきた同じ制服の女子に目を留めた。

 そして慌てて貴樹の手を離した。


「どうしたんだ? ……あ」


 普段はあまり周りを気にする素振りのない美雪に不思議に思ったけれど、美雪の見る方向に目を遣ってすぐに理解した。

 見覚えのある顔がそこにあったからだ。


「あ、美雪さん……」


 ちょうど通りがかった瑞香が、ふたりに気づいて声を掛けた。

 美雪は恥ずかしさを隠しながら、平然を装って返す。


「瑞香ちゃんじゃない。ひとり?」


 そんなことは見ればわかることだと、美雪は聞いたあとで苦笑いを浮かべた。


「はい。私は部活に入ってませんから」


「そうなんだ。優斗くんは?」


「今日は部活ですね」


「そっか。サッカー部だよね」


「ええ」


 美雪も優斗がサッカーをしていたことは知っていたし、それなりに優秀だとも聞いていた。

 高校でも部活に入ることは自然なことではあった。


 同じように中学時代にサッカー部で活躍する貴樹が好きだった美雪としては、彼が高校で部活を辞めたことは多少残念に思うところはあったけれども、おかげでこうして毎日一緒に登下校できることはそれを大きく上回るメリットだ。


「そっか。陽太の後輩になるんだな」


 サッカー部ということを聞いて、貴樹が当たり前のことを呟く。


「陽太くんにパシらせられなきゃ良いけど……」


「ま、アイツはそんなヤツじゃないから大丈夫だろ」


「それは私も知ってるけどね。……瑞香ちゃん、駅まで一緒に帰る?」


 美雪は瑞香に尋ねるが、瑞香は小さく首を振る。


「いえ、お邪魔になってはいけませんから」


「なに言ってるの。同じ方向なんだから、別で帰るのって余計気まずいじゃないの」


 呆れたように言う美雪に、瑞香は確かにそのとおりかも知れないと思う。

 前を歩くにしても、後ろを歩くにしても。


「そ、そうですかね? なら……」


 瑞香は先導して歩き始めた美雪について歩く。

 貴樹は瑞香と並ぶ格好になるのもどうかと思って、少し早足で歩いて、美雪の横に並んだ。


「あ、そうだ。瑞香ちゃん、体育祭のこととかって聞いてる?」


 肩越しに振り返った美雪は、先ほどまで貴樹と話していたテーマで瑞香に声を掛けた。


「はい。概要だけは。まだ何も考えてませんけど」


「そーなんだ。……二人三脚とかオススメだけど、どう?」


 きょとんと首を傾げた瑞香に、美雪はニヤリと笑いながらそう尋ねた。


 ◆


 ここからしばらく体育祭編です( ̄ー ̄)ニヤリ

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