第69話 確認しなきゃ……!
そして4月になり、貴樹と美雪は2年生に進級した。
彼女の目論見どおり、またふたり同じクラスになれたことに安堵しつつ、入学式の日を迎えた。
「そろそろ起きなさいよ?」
貴樹は間近から掛けられた声で目を覚ました。
もう聞き慣れたいつもの声。
目を開けると、ほんの数十センチ先にじっとこちらを見ている美雪の顔があった。
もちろん眼鏡をかけたまま、頭には白いホワイトブリムを付けた状態で。
「おはよう、美雪」
「ん、おはよう」
いつの間にか同じベッドに潜り込んでいた美雪に声をかけると、彼女はにっこりと目尻を下げながら返した。
貴樹が起きたのを確認すると、美雪は少し身体を近づけて顔も寄せる。
彼が寝ている間、起きる時間が来るまでは起こしてしまわないように少し離れていたからだ。
そして、そのまま彼と軽くキスを交わす。
そのあと、貴樹は美雪の目を見ながら呟いた。
「今日は入学式か」
「そだね。……ちゃんとワイシャツにアイロン掛かってる? こんな日にヨレヨレとかしわくちゃとかやめてよね」
「あ、いけね。忘れてた……」
「はぁ、ダメねぇ。昨日も同じこと言ったのに。そーゆーだらしないところが相変わらずダメダメなのよね」
小言を言いながらも、美雪はするっとベッドから抜け出して貴樹に言った。
「アイロン掛けといてあげる。私のいとこが来るんだから、カレシとして恥ずかしくないようにしてよね」
「悪いな」
本来起きる時間はあと少し先だけれども、美雪が起きているのに悠々と寝ているわけにはいかないと、貴樹も体を起こした。
そして、アイロン台を準備するメイド服姿の彼女を横目に、顔を洗いに部屋を出た。
◆
「春の息吹が感じられる今日の日に私達、新入生は――」
入学式は順調に進行し、あと少しで終わりとなる。
いま、新入生の代表として、ひとりの女子生徒が緊張で声を震わせながらも、しっかりとした声で挨拶をしていた。
それを見ていた貴樹には、その生徒に見覚えがあった。
確か、合格発表の日に少し話をした記憶がある。
(……あの子、美雪の従姉妹か。入試トップだったんだな)
美雪に比べても線の細い彼女は、堂々としている、という雰囲気ではない。
ただ、この場で代表挨拶を務めているということは、入試の成績が最も良かったのだろう。
貴樹は、ちょうど1年前、同じように美雪が挨拶をしていたことを思い出す。
(美雪はハッキリ喋るからな。やっぱ従姉妹って言っても、あんまり似てないよな)
とはいえ、中学に入る前の美雪となら、雰囲気が似ているのは間違いない。
成績に関しても、常に学年1位の座を譲らない美雪と比べてどうなのかはわからないが、1度ですらそう簡単に1位は取れるものではない。
少なくとも、自分にはとても無理だ。
そんなことを考えながら、貴樹はぼーっと前を見ていた。
◆◆◆
入学式を終え、1週間が過ぎた。
高校の授業にもようやく少し慣れて、バタバタしていた日々が徐々に落ち着き始めていた。
そしてようやく土曜日の休みがやってきた。
「あ……。優斗……」
学校で使う文房具を買いに瑞香は駅前に向かって歩いていた。
そのとき、歩行者の多い歩道を歩く優斗を見つけてポツリと呟く。
背中しか見えないが、背格好や歩き方を見てすぐに彼だと確信する。
ひとりのようだ。
声をかけようかとも思ったけれど、特に理由もないし、なんとなく気恥ずかしいこともあって、気づかなかったことにして少し離れたところを歩いてついていく。
向こうが気づいて声をかけてくれたら、そのとき初めて気づいたフリをすればいいかと思ったのだ。
しかし、彼は周りを気にするようにキョロキョロと見てはいたが、自分に気づくような気配はなかった。
しばらく後を歩いたあと、優斗はとあるビルに入っていった。
そのあと瑞香もそのビルの前に来て、店を確認する。
「ここって、美雪さんが前に……」
確か、以前に美雪が優斗を連れて行ったというメイド喫茶だ。
そんな店に、彼がひとりで入っていくというのは、どういうことだろうか。
考えてみたけれど、目的はひとつしか思いつかなかった。
もちろん、店員であるメイドさんに会うためだ。
(流石にちょっとヒドくない……?)
自分が同じメイド服姿で入試勉強に付き合っていたというのに、いきなり入学早々こんな店にひとりで行くという行為に、裏切られたような気がして。
そう考えていると、なんとなくイライラした気分がしてきて眉を顰めた。
(確認しなきゃ……!)
とはいえ、中でどんなことになっているのかわからない。
意を決して、瑞香はメイド喫茶に向かう階段へと足を掛けた。
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