第68話 ――また店にも来てね
合格発表の時間が過ぎた次の休み時間。
美雪は貴樹に「ちょっと来て」と声をかけて連れ出すと、正門の近くに張り出された掲示板へと向かった。
「あ、美雪さん……」
受験生の多くはもう帰ってしまっていたようだが、まだ残っていた瑞香が美雪を見つけて声をかけた。
美雪は、彼女とは少し離れたところに優斗もいることに気づいたが、まずは瑞香に話しかける。
「やっほー、瑞香ちゃん。どうだった?」
美雪に尋ねられた瑞香は、はにかんだ笑顔を見せた。
返事を聞かなくても、それだけで結果がわかるほどだ。
「はい。ふたりとも合格しました。ありがとうございました、美雪さん。あと、そちらの……」
瑞香に見られていることに気づいた貴樹は、困ったような顔をした。
「おめでとう。あ、瑞香は初めてかな。これが前に話した……貴樹ね。」
「は、はじめまして。……お話は美雪さんからお聞きしています」
4月から上級生になるだろう先輩と向き合い、緊張した様子でぺこりと頭を下げた瑞香に、貴樹は頭を掻きながら言った。
「ああ、はじめまして。……なんか変な話を聞いてたりしないよな? 美雪から」
「あ、いえ。そんな詳しくは。去年の受験の話とかを色々と教えていただいて、参考になりました。ありがとうございました」
「そりゃ、良かったよ。おめでとう」
「はいっ」
貴樹の労いに、笑顔で返事をした瑞香を見て、「笑うと可愛いな……」と思った瞬間――。
「なに鼻の下伸ばしてるのよ。変態」
すかさず美雪に手の甲を
その声で、周りの視線が貴樹に集まる。
優斗もそれで貴樹の横の美雪に気づいたのか、近くに歩み寄ると美雪に話しかけた。
「こんにちは、美雪姉さん。なんとか合格しました。4月からもよろしくお願いします」
「うん、おめでとう。ちゃんと瑞香にもお礼しときなさいね」
優斗に返しながらも、瑞香のほうをちらっと見た美雪だったが、彼女は顔の前で手を振った。
「う、ううん。私は大したことしてないから……」
「なに言ってるの。あれで大したことないなら、大抵のことが大したことじゃなくなるよ」
「そ、そうかな……」
照れながら少し俯いた瑞香を、優斗も見ていた。
瑞香がやったのは、週末に自分の部屋で優斗の苦手な教科の勉強会をしたくらいだ。……メイド服を着て。
美雪が去年、いま彼女のとなりにいる彼に勉強を教えていたという話は聞いていた。
その時はメイド服というわけではなかったとも聞いていたが、しかし週末だけの自分とは違って、それこそ毎日深夜まで付き合っていたという話だ。
よほどの想いがないと、そこまでできないだろう。
そう考えると、自分がやったことは「大したこと」じゃないと思えた。
ただ――。
(羨ましいなぁ……)
楽しそうに彼をからかう先輩の美雪も幸せそうに見えるし、その彼も苦笑いしながらもそれを気にしていなさそうだ。
もっとも、幼いころからずっと一緒にいるというふたりなのだから、それが日常なのだろう。
そういった自然体でいられるふたりが羨ましく思えた。
(自分も……)
そう思いながらちらっと優斗を見る。
このあと、合格祝いを兼ねて、この近くで昼食を食べて帰ることにしていた。
それでなにか進展があるとは思わないが、いつかきっと、と思っていた。
そのとき。
「あら、美雪じゃないの。貴樹君も」
突然、親しげにふたりへと声をかける声が聞こえた。
声のほうを振り向くと、美雪と同じネクタイの色の生徒。同学年なのだろう。
明るめの茶髪のショートカットの少女がいた。
「あ、玲奈。どうしたの?」
玲奈と呼ばれた少女はメモを片手に持っていたことから、合格発表の掲示を見に来ていたのだろう。
「あー、知り合いの番号があるかなって。でも、ないみたい。残念だけど」
「そうなんだ……」
「ま、まだ公立もあるから。――美雪は?」
残念そうに腰に手を当てた玲奈は、美雪に尋ねた。
「いとこの子が受けてたから気になって。一応、受かってたみたい」
「へー、良かったわね。そっちの子たち?」
玲奈は優斗と瑞香に視線を移した。
そのとき、なにかに気づいたのか、「あっ」という顔を見せた。
「前に店に来てくれた子じゃない? 受かったんだね」
それまでどこかで見たことがあるとは思っていたけれど、なかなか思い出せなかった優斗も、「店」という単語でそれを思い出した。
「あ……! あのときのお姉さん……」
「ふふ、覚えてくれてたんだね。――また店にも来てね。よろしくねっ」
制服姿ではあるが、メイド喫茶にいるときのように、玲奈は優斗にウィンクした。
優斗は照れながら「は、はい」と答える。
それを複雑そうな顔で瑞香が見ていることに気づいた貴樹は、「なんか面倒なことに巻き込まれそうな……」と嫌な予感がしてならなかった。
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