第67話 ダメダメねー
「そういえば、今日はうちの高校、合格発表の日だね」
朝、いつものように美雪と電車に乗っているとき、ふと彼女が思いついたように言った。
同じ電車に乗り合わせることの多い陽太がそれに反応する。
「そうだったね。誰か知り合いが受けてたりする?」
「俺は全然だけど、美雪がな」
貴樹が手を振って答えると、話を美雪に振った。
彼女から、いとこが受けているという話を聞いてはいたし、もっと詳しい話――メイド服で云々という話――もこっそりと教えてもらっていた。
しかしながら、当然それを陽太に話すわけにはいかない。
美雪は軽い調子で陽太に話す。
「うん。私のいとこがね、ふたり受けてるよ。ひとりは特待生取れるレベルだから大丈夫だと思うけど、もうひとりはちょっと心配」
「あー、そういえば亜希が言ってたような……。清水さんが従姉弟の男子と店にって」
陽太が何かを思い出すように考え込みながら答えた。
「店」というのは、もちろんメイド喫茶のことだろう。
確かに以前、美雪は従姉弟の優斗と一緒に亜希がアルバイトをしているメイド喫茶に一度行っている。
その話を亜希が陽太に話していたとしてもおかしくはない。
「だいぶ前の話なのに、よく覚えてるね」
「はは、そういう噂話が好きだし」
頭を掻く陽太だったが、貴樹が突っ込みを入れた。
「陽太は亜希から聞いてなくても、そのへんの情報持ってそうだけどな。むしろ誰が合格してるかとか、もう知ってるって言われても驚かねーよ」
「流石にそこまではね」
苦笑いする陽太だったが、そのまま続けた。
「……ま、本気で調べようと思えば調べられるけど」
にやりと笑う陽太を見て、貴樹が呆れた顔をする。
「お前なぁ……。どっから入手できるんだよ、そんなこと」
「それはもちろん企業秘密だよ」
陽太は人差し指を口に当てながら、そう笑った。
◆
「お、けっこう集まってるな」
2限目が終わった休み時間、教室の窓から外を見下ろした貴樹は、美雪に話しかけた。
ちなみに、ふたりが付き合うことになって早くも2ヶ月になるが、同じクラスの誰もがそのことを知っている。
最初はふたりとも冷やかされることを心配していたのだが、「え、いまさら?」や「むしろ付き合ってると思ってた」と言う声のほうが圧倒的で、あっという間に受け入れられたことには複雑な気持ちがあったりもした。
だからこうして休み時間にふたりが揃っていても、それまでとさほど変わっていないこともあって、「彼氏彼女を通り越して、もはや夫婦」と呆れられるような状態だった。
「そだねー。来てるかなぁ……?」
美雪も窓に顔を近づけるようにして、集まった受験生を凝視する。
ただ――。
「むー、全然顔が見えない……」
美雪は眉間に皺を寄せて唸る。
ふたりの教室は4階ということもあり、眼鏡をかけていても視力があまりよくない美雪には、いくら目を細めても顔を見分けられるほどの解像度では見ることができなかった。
「貴樹、探してよー」
「そりゃ無理だろ。俺、顔知らないし」
「んーと、女の子のほうは長めの黒髪に眼鏡の子」
「おいおい、ほとんど黒髪で眼鏡じゃんか」
「ほとんど」と言うのは言い過ぎかもしれないが、受験生ということもあって茶髪の子はほぼいない。そして上からでは長さはいまいちわからなかった。
それに眼鏡だって、もちろんかけていない子もいるが、過半数が掛けていた。
つまり、顔がわからなければ判別はできない。
「ダメダメねー。私の従姉妹なんだから、雰囲気で当てなさいよ」
美雪は両手を広げると、大袈裟に首を振りながらため息をつく素振りを見せた。
もちろん、本気でそう思っているわけではないことは貴樹もわかっている。
いくらいつも貴樹にダメ出ししている美雪でも、自分のことを棚に上げるようなことはしない。
小言を言うのは彼女が優位な事象に限られるからだ。
だから貴樹もそれを受け入れているし、なんだかんだでそのあとのフォローをしてくれることも理解していた。
「姉妹ならともかく、従姉妹じゃ無理だろ……」
呆れたように貴樹が言うと、美雪は軽く笑った。
「にひひ。ま、そうよね。あの子、私とあんまり似てないし。どっちかというと図書室で本読んでるのが似合うようなタイプ……」
と――。
その話を聞きながら下を見ていると、貴樹にはなんとなくピンと来るものがあった。
シートに覆われた合格者を示す掲示板を心配そうに見つめる少女と、その横で同じようにじっと見上げている男子。
その少女が、かつての美雪の雰囲気になんとなく似ているような気がした。
ただ、もしそうだとしても、美雪が見えないのでは答え合わせにならないことに気づいて視線を逸らした。
「ま、インターネットでも結果は見られるしな。それに去年美雪が言ってたろ? 受かってるかどうかってのは、発表される前に決まってるってさ」
「へぇ、貴樹にしてはよく覚えてたね。そんなこと」
「……ひでーな」
「あはは、冗談冗談。真に受けないでよね。むしろ褒めてるんだから」
美雪はそう言いながら、貴樹の背中をバシバシと叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます