第61話 い、いつまで見てるの……?
美雪が優斗をメイド喫茶に連れて行ってから3日後。
冬休みが終わり、三学期が始まった最初の金曜日のことだった。
通販で注文していたメイド服が、今日自宅に届いていた。
それを部屋で着てみた瑞香は、姿見で自分の姿を確認する。
スカートが長めの落ち着いたものを選んではみたものの、それでも今までアニメやTVの中でしか見たことがない格好で、顔から火が出るほど恥ずかしく思った。
鏡で見ても、自分の顔が真っ赤に火照っているのがよく分かる。
(美雪さん、ホントにこんなの着たの……?)
いや、ひとつ上の従姉妹に見せてもらったものは、もっとミニスカートだった。
それを考えると、たぶんもっと恥ずかしいのだと思えた。
なにしろ、普通に着ると太ももがしっかり見えるのだろうから。
(明日、優斗が家に来る予定だけど……)
美雪には「絶対大丈夫だから!」と言われている。
この家での受験勉強の手伝いをセッティングしてくれたし、メイド喫茶とかいうところに彼を連れていって、反応も確認してくれたらしい。
姫屋中央高校への受験意志もだ。
ただ、それでもふたりに嵌められているのではなかとの疑問も多少残っている。どこかにカメラが仕込まれていて、ドッキリなんじゃないかって。
もちろん、これまでもずっと世話になっていた従姉妹が、そんなことをするはずがないという思いもある。
だから、その作戦に乗ってみるしかない。
自分から告白したりすることも恥ずかしくてできないし。
そもそも、美雪は誰にも相談せずに自分から行動に移して、結果を勝ち取ったのだ。
お膳立てまでしてくれて、更に尻込みしている自分とは違うし、だからこそ結果を出して恩返ししないといけない。
(でも……よく考えたら、告白するより恥ずかしいんじゃないかなぁ、これ……)
なんとなくそんな気がして、瑞香は冷たい両手で火照った頬を押さえて冷ました。
◆
――ピンポーン!
翌朝、9時28分。
9時半にと瑞香と約束していた優斗は、遅刻しないようにと少し早めに彼女の家の近くまで来ていたけれど、時間に合わせてチャイムを鳴らした。
部活動をしていた関係で、時間や礼儀にかなり厳しく鍛えられたからだ。
瑞香とは同じ市内で家も近いが、校区の区割りは異なっているから中学校は別だ。
とはいえ、自転車で来ること自体は容易だった。
土曜日だから、瑞香の家にも彼女の両親がいると思って、少し緊張気味に待つ。
もちろん、瑞香が従兄妹ということは、彼女の両親は優斗から見れば叔父叔母で、顔なじみだ。
先日も、正月に優斗の家に皆が集まった際にも、挨拶を交わしている。
「はーい……」
少し待っていると、インターホンから瑞香の声が聞こえる。
「おはよう、僕だけど」
「お、おはよう。玄関開けるね……」
「うん」
いつものように瑞香が応対してくれたが、なんとなくぎこちなさを感じて、優斗は首を傾げた。
ただ、深く気にしても仕方ない。
どうせ何かあるのなら、会えばすぐわかることだからだ。
――カチャカチャ、ガチャ。
しばらく待っていると、ダブルロックの鍵が回されて、玄関ドアが中から開けられる。
そして、その隙間からほんの少しだけ瑞香が顔を出した。ほとんど片目だけしか見えない。
「おはよう。……入って」
瑞香は明らかに様子がおかしい。
しかも、彼女はそれ以上顔を出さずに、家の中に引っ込んでしまった。
とはいえ、入れと言われたからにはと、優斗が玄関ドアを引いて中を見た。
しかし、そこにあった光景を目にすると、驚いて言葉を詰まらせた。
「み、み、み……瑞香……? な、なにやってんの……?」
瑞香は玄関ポーチに立っていたが、優斗にとって初めて見るメイド服姿で、恥ずかしいのか小さくなってもじもじとしていたのだ。
メイド服では定番の、頭に付ける髪押さえ――一般的はホワイトブリムという――は付けていなかったが。
「な、なにって……。見たらわかるよね……?」
「そりゃ……わかるけど……。でも……」
優斗はじっくりと瑞香を見る。
丸顔で童顔の彼女は、ひとつ上の従姉妹である美雪よりも小柄で、いつも控えめな性格だ。
長い黒髪も、シルバーのフレームの細い眼鏡も、真面目そうなイメージに貢献している。
そんな瑞香だからこそ、ふくらはぎほどまで隠れるような長いスカートのメイド服を着て、肩を縮めているのがある意味よく似合っていた。
……ゴクリ。
つい、生唾を飲み込む。
先日美雪に連れられてメイド喫茶に行ったばっかりだけれど、あの店ではどちらかと言うと、ミニスカートのキュートなメイドさんが明るくもてなしてくれた。
そういう雰囲気とは違って、瑞香のそれは本来のメイドに近いような雰囲気に思えた。
もちろん、本来のメイドなど見たこともないのだが。
「い、いつまで見てるの……? 部屋、行きましょ……」
「う、うん……」
顔を真っ赤にした瑞香に誘われて、優斗はぎこちなく頷くと、彼女のあとに続いた。
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