第62話 そ、そんなコトないよ?
――同じ頃。
「……どーなるかなぁ。貴樹はどう思う?」
美雪は朝から貴樹のベッドでうつ伏せになってごろごろとしながら、こたつで宿題をしている彼の背中に声をかけた。
「どうなるかって、俺にわかるかよ」
手を止めて振り返った貴樹は、呆れた顔で美雪に返す。
目が合った彼女はまだ寝衣姿で、布団に入ったままで含みのある顔を見せていた。
昨晩、美雪からは彼女の従姉妹の子が、気になっている男子を家に呼ぶらしい、という話を聞いていた。
しかも、どうやら美雪に勧められて、メイド服を着てみるということも。
その結果がどうなるのか、美雪も興味津々らしい。
「ふふふ、これで鈍感な貴樹が落ちたんだから、たぶん行けると思うんだよね」
「そりゃ、ちょっと違う気もするけどな」
「んー、どういうこと?」
貴樹は立ち上がると、聞き返した美雪に近づいて、ベッド脇に腰掛けながら彼女の頭をわしゃっと撫でた。
美雪は急なことに驚きつつも、すぐに目を細めて嬉しそうに頬をほころばせる。
「きっかけはそうだったかもしれないけど、俺は美雪が告白してくれたらいつでもオーケーしたと思うよ」
「むー、それって私が告白しなかったら、いつまでもダメだったってことじゃない。私は貴樹に告白してもらいたかったんだから、目論見通りじゃないの?」
「……そういう意味じゃ、そうかもな。ま、でも元々脈ありそうじゃないと無理じゃね? ってことだよ」
「それは大丈夫だと思うんだけどね。同じ保育園で仲良かったみたいだし。小学校からは校区が違うから別々だけど、たまに遊びに行くこともあったみたいだから」
美雪もそのふたりと遊びに行くことは、過去何度かあった。
ただ、もともと社交的ではなかった美雪は、どちらかというとあまり加わらないようにしていた。
それよりも、気心の知れた貴樹と一緒にいることを優先していたということも理由としてあった。
「そうか。俺は五分五分じゃないかなって思うけど」
「えー、それだと賭けにならないじゃない」
曖昧な答えをした貴樹に、美雪は口を尖らせて抗議する。
ついでに布団から片手を出して、彼の腰のあたりを突いた。
「なんだよ、賭けするつもりだったのかよ」
「まー、私も半々かなって思ってるケドね。貴樹が掛けた反対で良いよ。私が勝ったら遊園地でも連れて行ってよ」
「まだ遊園地は寒いだろ……。それに賭けとか関係なく、行ったら良いじゃん」
美雪が言っているのは、近くにある大きめのテーマパークのことだろうと理解した。
中学校の頃に遠足で行ったこともあるし、過去ふたりで行ったことも1回だけあった。
その頃はもちろん付き合っていなかったから、確かにまた行くのも良いだろうとは思えた。
「良いじゃないの。じゃ、貴樹が勝ったら、私が遊園地に付いていってあげる」
「ぶっ! それ一緒じゃねーかよ」
「あはは、そだねー。……私、貴樹と行きたい。……ダメ?」
布団に入ったまま、上目遣いで貴樹の顔を見上げると、掛けたままの眼鏡に窓からの光が反射してキラッと光る。
「別に良いぜ。春休みでいいだろ」
「ん、いーよ。……で、賭けはどうする? 勝ったほうの命令に、何でもひとつだけ聞く、ってのでどう?」
「……わかったよ。じゃ、俺はダメなほうに賭けるよ」
「二言はないよね? なら、私は上手くいくほうだね。どうなるかなぁ……」
美雪はワクワクした顔で、今頃会っているだろうふたりを想像する。
どちらも仲の良い従弟妹ということもあって、うまくいって欲しいとは思いつつも、むしろメイド服の結果の方に興味があった。
それを貴樹に見透かされていたのか、呆れた様子で言った。
「美雪さぁ、絶対楽しんでるだろ」
「そ、そんなコトないよ? じゅ、純粋な気持ちで応援してるもん……!」
貴樹は無言のまま、口ごもる美雪に素早く両手を伸ばして、うつ伏せになった彼女の脇腹をくすぐった。
「ふわっ! ちょ、ちょっと! やめー……!」
体勢が悪く、抵抗しようにも手が伸ばせなくて、バタバタと暴れることしかできない。
もとより、筋力のない美雪ではどう足掻いても貴樹に勝つことは無理なのだから、なおさらだ。
「これでフラれたら、ちゃんと謝ってやれよ?」
「――わ、わかったっ! 約束するからっ、やめてよっ!」
貴樹が手を止めると、美雪はぐったりした様子で枕に突っ伏す。
上下する背中が息の早さを表していた。
美雪はしばらく息を整えてから、ぐるっと体を横にすると、じとーっとした目で睨む。
「……ひどいよ。絶対、いつか仕返しするから」
「俺、脇腹弱くないけどな」
「えー、なら足の裏だもん! ビクビクしながら待ってなさいよっ」
「はは、楽しみにしてる」
貴樹が笑いながら美雪の髪を梳くと、口を尖らせたまま、「ぶぅ」と小さく呟いた。
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