俺がこっそりメイド喫茶に行ったら、何故か隣に住む幼馴染が毎朝メイド服姿で起こしにきてくれるようになった件

第60話 貴樹のせいだよ……

　気まずくなったふたりはしばらく無言だったが、美雪が思い切って口を開く。

「ま、まぁ……それは良いとして」

「いいのか……」

「いーの！　それで、女の子のほうが、私達がどうやって付き合うようになったかって聞いてきたんだよね」

　美雪の話を聞いて、貴樹はなんとなく嫌な予感がした。

（いや、まさかメイド服で誘惑した……とか曝露してねーだろうな……）

　いくらなんでも、それは恥ずかしすぎると思えた。

　これまでの話からすると、同じ高校の後輩になるかもしれないのだ。

　しかも、美雪の従姉妹ということは、今後顔を合わせる機会だって何度もあっておかしくない。

（初対面で「メイド好きのお兄さん！　はじめまして！」とか言われたら、俺どうりゃ良いんだよ……）

　そう思いながら美雪に確認する。

「まさか、変なこと言ってないだろうな……？」

「え？　まっさかー。メイド服来て毎朝起こしに行った、って教えただけだよ？」

　悪びれもせずに、けろっとした顔で答えた美雪を見て、貴樹は眼の前が真っ白になるのを感じた。

　どう考えても、すでにその従姉妹にはインプットされているだろう。

　美雪の彼氏は変態のお兄さん、だということが。

「……どうしたの？　頭抱えて……」

　何も言えずに黙っている貴樹に、美雪は不思議そうに顔を寄せた。

「あのなぁ……。そんなの言ったら、俺が変態扱いされるだけだろ……」

「えー、だって貴樹はもともと変態なんだから、別に今更じゃない？」

「……んなわけないだろ。美雪に言われるのはともかくとして、だ」

　貴樹は呆れた顔で文句を呟いた。

　ついでに美雪の頭に手を伸ばして、強く撫でるようにグリグリと振ってみたりする。

「そ、そっかな……？」

「そりゃそうだろ。もうちょっと俺の尊厳も考えてくれよ。……言っちゃったことはもう遅いけど」

　もう話してしまったことは取り返しがつかない。

　まさか更に他の友だちとかに広まってしまうなどということは考えたくないが……。

　美雪としても、瑞香に話したときは、自分が恥ずかしいだけのことだと思っていたが、貴樹に言われてみるとその通りな面もあると思えた。

「むぅ……。貴樹の話も一理ある……ような気もする。ごめん……」

　急に肩を落とした美雪を見て、貴樹も溜飲を下げる。

「でも俺の気のしすぎかもな。もういいよ」

「ん、ありがと」

　美雪は優斗をメイド喫茶に連れて行ったことも話すつもりだったけれど、それを言うとさらに責められそうな気がして、言うのをやめた。

　代わりに貴樹に尋ねる。

「ねぇ、貴樹は中央行くって目標あったと思うけど、もしそれなかったら去年あれだけ頑張れたって思う？」

　去年の受験勉強では、かなり睡眠時間を削られつつも、必死に勉強したことを思い出す。

　美雪が毎日遅くまで付き合ってくれたことで合格できたようなものだ。とはいえ、自分のやる気がなければ、いくら先生が良くても成績は上がらなかっただろう。

「どうだろ。そのときは近くの公立に行ったかもな」

「だよね……。貴樹が中央受かってくれて本当に良かったって思ってるもん」

　もし、貴樹が別の高校を受けたとしたら、自分はどうしていただろうか、と自問自答する。

（……それでも同じ高校にしたかな、たぶん）

　貴樹が中央の受験で合格したから、自分は最難関の市立高校を受けた。

　そこには最初から行くつもりはなかったけれど、受かることを確認するための受験だ。

　でも、もし貴樹が中央に受かっていなければ、自分は貴樹と同じ公立に出願しただろうと思えた。

（勉強はどこでもできるけど……貴樹がいないのは嫌だもん）

　普通ならば、成績は将来の目標に対する手段だ。

　しかし、美雪にとってはそうではなく、彼と共にいるためのツールのようなものだと考えていた。

　だから研鑽はするものの、貴樹がいない場ではその意味がない。

「……いとこの子たちは受かりそうなのか？」

　ふと、貴樹が聞いてきたことで、美雪は考えごとから意識が引き戻された。

「さあ。多少は手伝うけど、本人次第だと思う。本気で行きたいって思わないと頑張れないもん。……だから貴樹はすごいって私尊敬してるよ？」

「そ、そうか？　美雪のがずっとすごいだろ」

「ふふ、そうしとこっか。……このあとどうする？」

　ドーナツを食べ終わった美雪は、こたつに両肘を付いて、向かい合う貴樹の顔をじっと見つめた。

　去年の今頃も同じようにこの部屋でふたりだったけれど、ただひたすら受験勉強をしていただけだった。

　でも今は違う。

　恋人同士になって、お互いの足りないところを埋め合うために一緒にいるのだと。

　貴樹は少し視線を逸らしながら答えた。

「……聞かなくてもわかってるんだろ？」

「もちろんー」

　美雪は軽く笑いながらこたつから出ると、窓から外を見た。

「あれ、雪降ってる？」

「え、降る予報だったっけ？」

「さあ、見てないけど。……結構降ってるよ」

　窓の外は部屋から漏れる明かりに照らされて、白く大粒の雪が降り続いていた。

　この調子なら、積もってもおかしくないというほどに。

　貴樹も立ち上がって、美雪の後ろから外を眺める。

「こりゃ、すげーな。まだ冬休みで良かったな」

　あまり雪の降らないこの地域なら、積もるとすぐに交通が乱れることもあって、登校日なら色々と面倒なことになるからだ。

「だね。……私もしばらく帰れないね。どうしようかなぁ」

　貴樹の顔を振り返りながら目尻を下げるが、貴樹はすぐにツッコミを入れた。

「いや、美雪は帰れるだろ。家、目の前じゃん」

　窓の外に見えている目の前の家が美雪の家だと指摘する。

　しかし、美雪は口を尖らせた。

「ぶー、貴樹はどうして欲しいのよ」

　貴樹はそんな美雪を背中から包むように抱きしめると、耳元で呟く。

「……わかってるんだろ？」

「もちろ――んぅ」

　ふいに貴樹の手が美雪の胸の膨らみに触れ、美雪はビクッと身体を震わせ、くぐもった声を上げた。

　暖かいモコモコした寝衣越しだが、風呂上がりで下着は身につけていなくて、起伏ははっきりとわかる。

「むー、急に触るのは反則だよ……」

　うっすら頬を染めて抗議をするが、むしろそれは逆効果で。

「はは、びっくりするかなって」

「もう。最近敏感なんだよね……。貴樹のせいだよ……。責任取ってよね」

「ん、ああ……」

　貴樹の曖昧な返答に、美雪はさらに確認する。

「……ちゃんと最（・）期（・）ま（・）で（・）だよ？　じゃないと、もう世話焼いてあげないよ？」

「……へー、美雪はそれでいいのか？」

　貴樹が意地悪気に美雪の耳元で聞くと、彼女は口を尖らせた。

「……むー、わかってて意地悪するんだ、酷いよ」

「はは、冗談だって。ちゃんと責任取るから任せとけって。ずっと」

「ん、覚えたよ。私……」

　美雪は貴樹の返答に満足そうに頷き、唇を押し付けるようにキスを交わす。

　そして――。

「……じゃ、寝よっか。まだ寝ないけど、ね」

　目を細めて彼の耳元で囁いた。