第58話 どこ行ったのかな……?

「そ、そう……?」


 自分と同じ中央高校を目指す、と力強く言った優斗に、美雪は面食らう。

 瑞香から聞いていた話からしても、診断テスト結果が悪くてモチベーションが下がっていたことが窺えたからだ。


「はい。ダメ元で頑張ってみます」


「そう、それじゃ瑞香ちゃんにも言っておくね」


「は、はい。あと……美雪姉さんにもお願いがあるんですけど……」


 優斗はソワソワとしながら、店内をちらっと見回した。


「お願い? どんな?」


 しかし優斗は自分で言い出したにも関わらず、すぐに首を振った。


「あ、いえ。……やっぱりいいです」


「そう? ま、イイケド。――とりあえず、ココまだ時間あるし、勉強とかでも気になることあったら教えるけど?」


 美雪からの話はあっさり終わった。

 進路のことも聞けたし、本来の目的だった、優斗がメイドさんが好きどうかも確認できた。

 むしろ、興味を持たせすぎた感もあるけれど、それはきっと瑞香が矯正してくれる……ハズだ。


「勉強道具は持ってきてませんけど……それじゃ、歴史の苦手なところ、少し聞きたいです」


「ん、いーよ。どのへん?」


「えっと、鎌倉室町あたりが……」


「ふーん。抜けやすいところだね、そのあたり。本当ならびっちり基礎からってところだけど、入試も近いしポイントだけね……」


 美雪は1年前の記憶を掘り起こしながら、入試で気をつけるポイントを説明し始めた。


 ◆


「……こんなものかなぁ。あとは瑞香に教えてもらって」


「ありがとうございます」


 メイド喫茶の時間ギリギリまで、ポイントと言いつつ美雪に細かく説明してもらった。

 全く知らなかった言葉も出てきてノートが取りたかったところだが、手元になかったのを残念に思う。


「じゃ、そろそろ出よっか? ……今日は奢るね」


「え、いやいや。教えてもらったのに払ってもらうなんて、できませんよ」


「そう? でも私が誘ったし……」


 とはいえ、美雪もバイトをしているわけでもないし、高校生だからといってお小遣いが豊富というわけでもない。ましてや、都会よりはマシとはいえ、メイド喫茶の価格は安くはない。

 そこで少し思案したあとで、優斗に提案した。


「それじゃ、1000円貰うね」


「わかりました」


 ひとり1500円程の会計から、優斗に1000円出してもらい、残りを支払うことにして、美雪は席から立ち上がった。

 すると、すぐにフロアにいたメイドさんが声を上げる。


「お嬢様お出かけです〜♪」


 それまでも帰る客に対して声がかけられているのを聞いていたが、いざ自分達が言われると気恥ずかしい。

 慣れている美雪でも多少そう思うのだから、初めて来た優斗ならば尚更だ。


「美雪ちゃん、またねー」


 帰り際、亜希が気づいたのか、美雪たちに手を振った。

 優斗とも目が合うと、「ご主人様、お早いお帰りを」とウインクしながら声をかけた。


「は、はい……」


 照れながらも優斗はそれに返答し、店を後にした。


 駅までの道を歩きながら、優斗に尋ねる。


「どうだった? メイド喫茶は」


「その……。びっくりしました。話には聞いてましたけど、思ってたよりも……」


 優斗は少し視線を伏せながら答える。

 まだ中学生ということもあって、初々しい感じがする。

 とはいえ、自分とはひとつしか変わらないのだが。


「みんな可愛かったでしょ?」


「……はい」


「ん、良かった。……それじゃ、受験勉強頑張って」


「はい。今日はありがとうございました」


 礼儀正しく頭を下げた優斗に、美雪は片手を上げて返す。

 そして駅に入る優斗を見送ってから、歩いて家に帰ろうと向きを変えた。


「……っと、瑞香に連絡しとかなきゃ」


 相談の結果を知りたいだろうと、ふと思いつく。

 すぐにスマートフォンで瑞香にメッセージを送った。細かいところまで書くのは面倒だから、後で電話すると添えて。


「さ、かえろー」


 気分良く歩き始めた美雪は自宅――ではなくて、その隣の貴樹の家に向かう。


 朝、瑞香が来るまでにも会ってはいたけれど、いくら会っても飽きることはない。

 むしろこれまで16年間、一緒にいることのほうが普通で、ひとりでいることに違和感があるくらいだ。


 彼の家に着き、いつものようにまっすぐ彼の部屋に足を運ぶ。


「貴樹、入るね」


 ドアの外から声をかけてから、返事も待たずにノブを回す。


「……あれ?」


 しかし、部屋の中を見回してもこの部屋の主はいなかった。


「トイレかな……?」


 独り言を呟きつつも、特にやることもなく彼のベッドに腰掛ける。

 布団に手を遣ると、まだほんのり温かくて。彼が少し前まで布団に入っていたことが窺えた。


「……どこ行ったのかな……?」


 会えると思って来たのに会えなくて、肩透かしを食らったような気分になる。

 とはいえ、すぐに戻ってくるだろうと思い、出歩いて疲れていたこともあって、美雪は彼のまだ温かい布団に潜り込んだ。

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