第57話 玲奈……しゅごい……

「おかえりなさいませ――って、美雪ちゃんかぁ。冬休み元気してたー?」


 ドアを開けると、すぐに出迎えの声が響く。

 それはクラスメートである亜希だった。


 今日は明るい色の髪を高い位置でふわっとハイポニーテールにしていて、頭が揺れるたびにリズミカルに揺れている。

 かなり短いメイド服のミニスカートから、真っ白のニーハイの絶対領域がちらちらと見えていて、男子ならきっと目が釘付けになるだろう。


「うん、元気だよー」


「ふっふー、顔がツヤツヤしてるもんねー。……って、そっちの子は?」


 亜希は不思議そうな顔で、美雪の後ろに隠れるようにして立っていた優斗について尋ねた。


「うん、従兄弟の子なの」


「へぇー、かわいーご主人さまねっ! よろしくぅ!」


 美雪が身体をずらすと、亜希は優斗の前に立ち、大げさに頭を下げると、ぴょこんとポニーテールが跳ね上がった。

 そして、胸の前でぶりっ子のポーズを取ってから、片目をウインクする。


「よ、よろしく……おねがいします……」


 こんなところに来るのは初めてだった優斗は、恥ずかしそうにちらちらと目線を逸しながらも、小さく頭を下げた。


「うっわぁー、初々しいわねぇー。……さっ、どうぞこちらにっ」


 亜希が先導しながらふたりをテーブル席に案内する。

 そして、亜希はメニュー表を広げたあと、思いついたように顔を上げた。


「そぉだ。昨日から玲奈ちゃんが入ったのよねー。――れなちゃーん!」


 店の奥に大きな声を出す亜希に、すぐに「はーい」と返事が返ってくる。

 それは美雪には聞き慣れた澄んだ声だが、普段あまりテンションが高くない玲奈と思えば、半音高い声に感じた。


 呼ばれて、すぐに玲奈が顔を見せる。

 スカートの短い亜希とは違い、長くもないが標準的な長さのメイド服で、ただ胸には初心者マークが付けられていた。


「み、美雪……!」


 それまで営業スマイルだった玲奈だが、テーブルにいる美雪と顔を合わせた瞬間、顔色を変えた。


「玲奈……もうバイト入ってたんだ……」


 美雪も、この前に会った時、玲奈から聞いてはいたが、こんなに早くバイトを始めていたとは思わなかった。


「そうね。……ところで今日は貴樹君は?」


「今日はいないの。これ、従兄弟の子」


「へぇ……。――初めましてっ! 玲奈って言います。よろしくねっ」


 美雪から紹介された優斗に向かって、唐突に玲奈は笑顔を振り撒く。

 それは今まで彼女が見せたことのないような態度で、美雪も驚いてぽかーんと口が半開きになった。


「玲奈……しゅごい……」


「……わ、私だって恥ずかしいんだから……っ! 早く注文してくださいねっ!」


 ツンなのかデレなのかもよくわからないが、頬を染める玲奈を見ていると、見ている美雪でさえも恥ずかしさが込み上げてきた。

 ちらっと優斗を見てみると、同じように驚きつつも、玲奈の様子に釘付けになっているようにも見える。


「ゆうくん、とりあえず何か飲み物頼もうか」


「は、はいっ」


 彼の顔が少し赤い気がするのは気のせいではないだろう。


(やっぱ、男の子はこーゆーの好きだよねぇ……。玲奈可愛いし……)


 心の中で美雪はそう呟きながらも、とりあえずメニュー表に目を落とす。


「んーと、私は抹茶ラテで」


「僕も同じもので……」


 ふたりがドリンクを注文すると、玲奈が復唱する。


「はいっ、抹茶ラテふたつですねっ! それではしばらくお待ちくださいねっ」


 ニコッと笑顔を見せた玲奈は、颯爽とバックヤードに帰っていく。

 その後ろ姿を優斗が目で見送るのを見てから、美雪は尋ねた。


「……可愛いでしょ? ゆうくん、こーゆーの好き?」


「えっと……。はい。可愛い……と思います……」


 恥ずかしさの方がまだ勝るのだろう。

 しかし素直に答えた優斗に、美雪はにんまりと笑みを浮かべる。


「んふふ、やっぱ男の子だもんね。私から見ても可愛いって思うくらいだし」


「こういう店、初めてで驚きました」


「ま、高校入ったらいつでも来れるよー。それで、その高校の話なんだけどね、今日の本題は……」


 美雪が進路の話を切り出そうとしたとき――。


「抹茶ラテ、お待たせしましたっ!」


 玲奈がテーブルにドリンクを運んできて、話を中断した。


「ありがとう」


「いえいえ。お嬢様、ごゆっくりしてくださいね」


 まだ入店2日目とは思えない、格別の営業スマイルを見せた玲奈は、他のテーブルの客にも笑顔を振り撒きながらフロアに戻っていった。


「……天職なんじゃないの、ここ」


 すでにベテランのような風格すら感じるその様子には、感嘆せざるを得なかった。


「……あ、ごめんごめん。それで進路のことなんだけど。ゆうくん、この前は中央行きたいって言ってたと思うんだけど、どんな感じ?」


 話を戻し、美雪が優斗に尋ねた。

 優斗はバツの悪そうな顔で、頭を掻きながら答える。


「……行きたいとは思うんですけど、この前の診断テストがイマイチで……」


「そうなんだ……。諦めるの……?」


 本気で行きたいと思う気持ちがなければ、モチベーションが続くはずもない。

 しかし、優斗はしばらく考えてから答えた。


「……さっきの方々、美雪姉さんのご友人なんですよね? 皆さん、中央なんですか?」


「え? ええ……。そうだけど……」


 唐突に話が変わって、美雪は戸惑いながらも正直に答えた。


「……僕、やっぱり中央目指して頑張ってみます」


 そして、美雪の返答に優斗はひとつ頷き、力強く頷いた。

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