第54話 ……私がそんなのできると思う?
「ご馳走様でした」
美雪は空になった食器に手を合わせた。
まだ貴樹は食べきっていないから、それをぼーっと眺めながら待つ。
「すげー食べるの早かったな」
「えへへ、おいしかったんだもん……」
貴樹も食べるのが遅い方ではないが、今日はあっという間に食べてしまった美雪の方が早かった。
それほど美味しくて、ついつい手が止まらなかったのだ。
「ごちそうさま」
程なく貴樹も食べ終わって、お茶を啜る。
(同棲したり、新婚とかだと……休みの日ってこんな感じなのかなぁ……)
朝同じベッドで起きて、好きなだけ甘えさせてもらって、一緒に料理して、デートに出かけて……。
きっと……すごく楽しいんだろうなぁと想いを馳せる。
「じゃ、片付けして……天気良いから、昼からは外にでも行く?」
機嫌良く美雪が聞くと、貴樹は意外そうな顔をした。
「あれ? 宿題のチェックじゃなかったのか?」
「そのつもりだったけど、せっかくだから、それは明日でも良いかなって。……貴樹がどうしてもって言うなら付き合うけどね」
「いや……遠慮しておくよ」
「んふふ、じゃ午後からはデートだね」
美雪は嬉しそうに笑った。
◆
片付けのあと、部屋で美雪が普段着に着替えるのを待ってから、ふたりで家を出た。
とりあえず駅の方に歩きながら、何をするか相談する。
「どこ行こっか?」
「そうだなぁ……」
急なことだったから、特に何も考えていなかった。
冬場なので外で公園に行ったりするのには寒い。
「スケートとかどうよ?」
「……私がそんなのできると思う?」
「まぁ……思わないな」
「……だよねー」
ふと思いついて美雪に聞いてみるものの、ものすごくジトーっと見られて頭を掻いた。
運動神経のカケラもないと自負していた美雪は、基本的にそういうのを嫌がるのはよく知っていた。
「ボウリング……とかもアレだし、とりあえずモール行くか?」
「うん。……ごめんね。少しは頑張らないとって思うんだけど」
「まぁ、しゃーない。誰でも苦手なものはあるだろ」
気にするなとばかりに、貴樹は彼女の頭にポンポンと手を乗せた。
「……ただ、適当に運動はしとけよ。歳取った頃に困るって聞くから」
「ん、確かに……。私も介護されるのは嫌だもん」
そんな先のことは想像すらできないけど、自由に動けないのはきっと辛いだろうと思う。
こうしたデートなんて当然できなくて、ずっと家の中にいるだけの生活を想像するとぞっとする。
「はは、それじゃ自転車でどっか行くとか良いんじゃね?」
「あー、確かに。最近全然乗ってないけど」
確かに運動にもなるし、電車で行きにくいところにも行ける。
運動音痴の美雪とはいえ、流石に自転車には乗れるから。
「……でも、今は寒いから嫌。せめて春になってから」
「いいぜ。冬は風も強いしな」
そんな話をしながらも、駅の近くまで歩いてきていた。
亜希のバイト先のメイド喫茶の前を通り過ぎる。
(……ここで貴樹を見かけたから、今こうなれたんだよね)
それからまだ1ヶ月少々しか経ってないのが懐かしく思う。
美雪はつい嬉しさが込み上げてきて、貴樹に腕を絡めた。
「……どうした?」
「ううん、なんとなく。……ダメ?」
「別に良いけど」
地元ということもあって少し恥ずかしいけれど、隠すようなことでもない。
それに、顔見知りの奴らは皆、自分たちが幼馴染だということを知っているし、さほど驚くことでもないだろう。
そう思いながら、美雪はモールへを足を向けた。
◆◆◆
プルルルル……!
貴樹とデートに行ったその夜、美雪が夕食のために家に帰っていたとき、ふいに電話が鳴った。
画面を見ると、いとこである瑞香の名前が表示されていた。
昨日、母の実家の山下家に挨拶に行った時に会ったばかりの彼女が何の用だろうか。
不思議に思いながら、美雪は電話を取った。
「もしもし、瑞香ちゃん。どうしたの?」
『夜にごめんなさい、美雪さん。……少し相談したいことがあるんですけど、今良いですか?』
「んー、良いよ」
相談ごとがあると言う瑞香に、軽い調子で返した。
『昨日、優斗の勉強見たんですけど、ちょっと不安で……』
「どのあたりが?」
『中央志望ってことなんですけど、厳しいかもって』
「そうなんだ……」
昨日、優斗から聞いた話だと、いけそうだということだった。
しかし、瑞香から見れば不安なようだ。
『私も中央は受けるつもりなんですけど、優斗にも受かって欲しくて。……勉強方法教えてくれませんか?』
「別に良いけど……。厳しいよ? 私のは……」
美雪は去年、貴樹に受験勉強を教えたときのことを思い返す。
寝る時間を削って、夜遅くまで彼に付き合って教えていたことを。
それは今もあんまり変わらないなぁと思いながら、美雪は口元を緩めた。
『はい。どんなのでも頑張ります』
「そう……。それじゃ、明日時間ある? 教えるから……」
『わかりました。美雪さんの家に行きますね。何時ごろが良いですか?』
「んー、10時とかでどう?」
『大丈夫です。お願いします』
「はーい。それじゃ、また明日〜」
そう言って美雪は電話を切った。
そして、去年使った参考書を本棚から探す。これは受験勉強のとき、貴樹に貸していたもの。
受験が終わって返してもらったけど、もう使うことはないと思いながらも、なんとなく置いておいたのだ。
そして――。
「……メイド服、隠しておかないと」
ハンガーに掛けたままのメイド服を見て、流石にこれを見られる訳にはいかないと、畳んでからクロゼットに仕舞った。
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