第53話 めっちゃ美味しい……
正月三が日が終わったあとの翌日――つまり、1月4日のこと。
今日こそ終わらせるつもりで、貴樹は冬休みの宿題に取り組んでいた。
もちろん、朝から美雪が顔を出している。
「――終わった!」
昼が近くなったころ、なんとか冬休みの宿題を全部終わらせると、貴樹は大きく両手を上げた。
向かい合って自分の勉強――とっくに宿題は終わらせていた――をしていた美雪は、驚いた顔を見せる。
「へー、結構残ってたのに、思ったより早いね」
ちなみに、彼女は今日もメイド服姿だ。このほうがモチベーションが上がるでしょ、と美雪が睨んでのことだ。
家にはふたりしか居ないし、宿題が終わったあとのことも考えて……。
「それじゃ、もう昼だし……ご飯にする? 午後から私が厳しくチェックしてあげよう。むふふ……」
「え……チェックも今日するのか……?」
「こーゆーのは、覚えてるうちにやるのが良いのよ。……忘れた頃にも、またやるけどね」
悪戯な笑顔を見せる美雪は、その格好も相まって小悪魔のようにも見えた。
純粋に可愛く見えるときもあれば、そうじゃないときもあって。時折、貴樹には複数の人格が同居してるんじゃないかと思えることがある。
でも、そのいずれもが美雪であることは変わらなくて、それが魅力でもあった。
「……わかったよ。とりあえず昼作ろうと思うけど?」
「うん、教えてくれるんだよね? 何作る?」
「食べたいものある? 材料があるなら……」
貴樹が聞くと、しばらく首を傾げてから、美雪は答える。
「むー、いま食べたいのは唐揚げとかだけど……」
「じゃ、それで良いよ。よく作るから」
「手間じゃない?」
「そんなでも無いから、大丈夫」
美雪の感覚だと、揚げ物は面倒というイメージしかなかったのだが、彼はそうでもないと言う。
それが確かめたくて、彼女は「それじゃ、お願い」と頷いた。
◆
「なんか、メイド服なのにその上にエプロンって、変……」
美雪は自分の格好を見下ろして、複雑な顔をした。
メイド服そのものが作業着としてエプロンのようなものなのだが、油が飛んで汚れるからと、貴樹が別にエプロンを持ってきてくれたのだ。
ただ、確かに汚すと面倒なので素直に従った。
「とりあえず先に鶏肉解凍するから、その間ご飯炊いて」
「りょーかい」
美雪は指示通り、炊飯器の内釜にふたりぶんの米を入れて、シンクで洗う。
いくら料理をしない美雪でも、ご飯を炊くくらいならたまにしていたから、それは問題なかった。
「じゃ、肉切っていこうか」
「ん、どのくらいの大きさ?」
「食べたいサイズで、適当に」
「むむ……。てきとー……?」
いきなり料理が苦手な人にとっての関門、「適当」と言われてもよくわからない。
それと同じように、「少々」とかの曖昧な表現については、具体的に指示しろといつも言いたくなる。
とはいえ、とりあえず肉を切っていく。
皮の部分がヌルッとして切りにくく苦労したけど、切り分けが終わった。
「先生、終わりました」
「えっと……じゃ、ボウルで下味な。ここに入れて」
「はーい」
「色々好みはあるけど、俺は醤油とお酒と生姜、ニンニクを適当に……っと。で、しっかり揉んでおく」
貴樹が調味料を入れると、美雪はその中に手を入れてよく染み込むように揉む。
「先に作っておくときは、ビニール袋とかでやると手が汚れなくて良いんだけど。寝かせた方が美味しいし」
「ふむふむ。……なんか気持ちいいね、にゅるにゅるで」
触っていると、柔らかくてヌメヌメした肉の感触が気持ちよく感じた。
「それじゃ、ちょっと寝かせておく間に、付け合わせの準備しようか。って言っても、キャベツくらいしか無いけど。……千切りできる?」
「……私の指が短くなってもいいなら」
過去何度かやったことはあったけど、あまり綺麗に切れる自信はなくて。怪我をしたことも……。
「包丁も経験だけど……。今日はこれ使おうか」
貴樹は苦笑いしながら、スライサーを取り出して、手渡す。
誰でも簡単に千切りができるスグレモノだ。
「ボウルの上でこうやって……」
先に貴樹が手本を見せると、綺麗にスライスされたキャベツを見て、美雪は「おおお……」と感嘆の声を上げた。
(そんな大したことじゃ無いんだけどな……)
でもそれが可愛くて、つい頬が緩む。
「むむむ……」
すぐに美雪も同じようにやってみるが、なかなかうまくできなくて眉を顰めた。
でも、だんだんと慣れてきて、そのうち綺麗にスライスできるようになる。
「ふー、できたー」
「うんうん。じゃ、そろそろ肉揚げていく?」
「うん」
貴樹が炊飯器の残り時間を見て、先にご飯が炊けることを確認する。
そして、天ぷら鍋に油――以前使って濾してあったもの――を入れて、コンロのスイッチを入れる。
今は簡単に指定温度にしてくれるから楽だ。
「粉も色々流派があるんだけど、俺はパリッと揚がる片栗粉が好きかな。美雪は?」
「え、そんな違いってあるんだ……」
「しっとり派なら小麦粉だったり。混ぜたりする人もいるしね。元々は片栗粉で揚げるのは竜田揚げなんだけど、今はどれも唐揚げって呼んでるね」
「へええぇ……」
彼の説明に、そんな違いがあったなんて全く知らなかった美雪は、驚きの声を上げた。
確かに店によって色々違うのは感じていたけど……。
「とりあえず、今日は片栗粉でやるよ。……こうやって粉に漬けダレごと付けて、余った粉は振って……」
「振るのはなんか意味が?」
「大したことないけど、剥がれた粉で油が汚れるから。無駄だしね」
「へー」
貴樹に倣って、美雪も肉に粉を付けていく。
付け終わった頃にちょうど油がセットした170度になった。
「じゃ、入れるよ。少し油飛ぶから気をつけて」
「うん、大丈夫」
ひとつずつ、肉がくっつかないように投入すると、適当にひっくり返しながら焼き色が付くのを待つ。
少し色が変わってきたら、バットの上に取り出して、次の肉を入れる――を繰り返した。
「じゃ、二度揚げしようか」
「二回揚げるの?」
「おう、鶏肉は中に火が通りにくいし、二度揚げするとパリッとするんだ」
「ふーん……」
「二度目の時は特に油跳ねるから気をつけてな」
言いながら、バットに上げていた肉をもう一度油に入れると、パチパチと油が跳ねる。
しかしそれもすぐに落ち着いて、こんがりといい色になった唐揚げを取り出していく。
「これで終わり。簡単だろ?」
「やってるの見ると確かに……」
「熱いうちに食べようぜ」
「わかった」
ご飯を盛ったお茶碗をふたり分、美雪が準備している間に、貴樹は皿に唐揚げとキャベツを乗せた。
そしてすぐにテーブルに並べる。
「おおぉ……美味しそう……」
「味は好きにな。塩胡椒、マヨネーズ、ポン酢……いろいろあるぜ?」
「うん、ありがとう。いただきまーす」
貴樹が持ってきてくれた調味料から、まずは塩を唐揚げに振って口に入れた。
まだ熱くてサクッと音を立てたそれは、これまで食べたどの唐揚げよりも美味しくて……。
「めっちゃ美味しい……。びっくり」
「そりゃ、良かった。何回かやったらひとりでできるようになるよ」
「ん。がんばる」
美雪は唐揚げを頬張りながら、次の目標を決める。
彼に手料理を振る舞って驚いてもらおうと。
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