第2幕

52~

第52話 やめてよ、もう……

「明けましておめでとうございます」


 美雪は玄関で新年の挨拶をしてから、かまちに置かれたスリッパに足を入れた。


 今日は1月3日。

 母の雪子と共に、同じ市内にある雪子の実家――山下家に挨拶に来ていた。

 もちろん、残念だけれどここに貴樹はいない。


「おめでとう。雪子、元気そうだね。美雪ちゃんも」


 美雪に声をかけたのは、雪子の兄である礼司れいじだ。つまり、美雪の伯父にあたる。

 40代半ばほどか。にこやかに手を上げた彼に、美雪は丁寧にお辞儀をした。


「ご無沙汰しています」

「兄さんはどうなの? 元気?」


 雪子が聞くと、礼司は軽く答えた。


「今のところはね」

「ふーん。でも、だいぶ薄くなってきたわねぇ。頭……」


 少し髪が薄くなってきていることを雪子が揶揄うと、礼司は苦笑いする。


「仕方ないさ。私らはどんどん老いるだけだから。……見るたびに綺麗になっていく美雪ちゃんが羨ましいよ」

「ありがとうございます」

「じゃ、上がってよ。もう少しでみんな揃うと思うから」

「はい。お邪魔します」


 先導する礼司に続いて、雪子と美雪は皆が待つ和室に向かった。


 ◆


「おめでとうございます。こんにちは」

「あけましておめでとう」

「おめでとうございます。美雪姉さん」


 障子を開けて美雪が挨拶をすると、中にいたふたりが顔を向けた。

 ひとりはこの山下家の家主平治へいじだ。雪子の父であり、美雪の祖父にあたる。


 もうひとりはまだ若く、中学生ほどの男の子。

 その彼に美雪が声をかけた。


「久しぶり、ゆう君。今年は受験だね」

「うん。姉さんと同じ高校行けるように頑張ってるよ」


 『ゆう君』と呼ばれた短髪の少年――優斗ゆうとは、美雪の従姉弟いとこだ。

 この山下家の長男で、つまり礼司の息子となる。

 年も1つしか変わらないことから、こうして雪子が実家に挨拶に来るときに、よく話をする相手だった。


「へぇ、いけそうなの?」

「今のところはなんとか。部活引退するまではヤバかったけど」

「そっか。待ってるから、頑張ってね」

「うん」


 美雪は話をしながら、優斗の隣の座布団に腰を下ろし、正座をする。

 その様子を優斗はそわそわしながら眺めていた。


「……でさ、あとでちょっと勉強教えて欲しいんだけど」


 少し緊張した様子で、優斗は思い切って美雪に声をかけた。


 首を傾げながら彼の方を向いた美雪は、ふわっとした笑顔を見せる。


「別にいいけど……。でも、どうせなら瑞香みずかちゃんに聞いたら? 同い年だし」

「瑞香なぁ……」


 優斗は複雑そうな顔をしながら、もうひとりの従兄妹の名前を呟いた。

 そのとき――。


「明けましておめでとうー」


 先ほどの美雪と同じように、開いた障子の隙間から顔を出したのは、ちょうど話をしていたその瑞香だった。

 美雪よりも童顔で、ストレートの長い髪の少女だ。

 瑞香は、雪子の妹の娘で、彼女もこの近くの家で暮らしていた。つまり今いる若者3人はそれぞれがいとこ同士ということだ。


「おめでとう。瑞香ちゃん」

「美雪さん、お久しぶりです。優斗も」


 挨拶を交わしながら、瑞香は美雪の隣に座る。

 ちょうど、美雪が優斗と瑞香に挟まれるような格好だ。


「ねぇ、瑞香ちゃん。ゆう君の勉強教えてあげたりしない? 私でもいいけど、ほら、中学の問題って勝手が違うから……」

「……え、わたし? ……う、うん。良いけど……」


 なぜか視線を泳がせながら、瑞香は小さく頷いた。


「ゆう君もそれでいいよね。瑞香も頭良いもん」

「……うん」


 彼の方を振り向いた美雪に、優斗も小さく頷いた。


 ◆


 雪子の実家では、毎年正月に身近な親戚を呼んで、ちょっとした宴席を行うのが恒例だった。

 それが今年は3日に開催されるということで、美雪も足を運んだのだ。


 食事をしながら、思い思いに雑談をしていた。

 そのとき、礼司が美雪に声をかけた。


「美雪ちゃんはもう高校生だよね。どう? 楽しくやってる?」

「あ、はい。すごく楽しいです」


 急に聞かれたことだったが、美雪は素直に頷く。


「そうか。うちの優斗も同じとこ行きたいって言ってるからさ、もし受かったら頼むよ」

「ええ、私でよければ……」


 先ほども本人から聞いていたけれど、本当に同じ高校を目指しているらしい。

 美雪が通う高校は県内トップではないが、そこそこ良い私立だった。

 以前は、ずっと部活に精を出していた優斗の成績はそんなに良くないと聞いていたけれど、そう考えればかなり頑張っているのだと思えた。


「でも、美雪ってば、最近全然家にいないのよねぇ……。彼氏のが大事なのはわかるけど、お母さん寂しいわぁ」

「「――――!」」


 唐突にカミングアウトした雪子の話に、その場の皆の動きが止まった。

 美雪も含めてだ。


「お、お母さん。やめてよ、もう……」


 戸惑いつつも、顔を真っ赤にした美雪が雪子をたしなめる。

 その様子に、礼司が軽く言った。


「へぇ、美雪ちゃんにもついに彼氏か。……もしかして、前から聞いてた彼?」

「う、うん……。そうなの……」


 礼司を含めてここにいる面々は、美雪に仲のいい幼馴染の男子がいることは知っていた。

 そのことからすれば、それほど驚く内容でもない。


「そうかー。そりゃ、こんなところ来てる時間なんてないんじゃない? 悪かったね」


 申し訳なさそうに言う礼司だったが、美雪は耳まで赤く染めて恥ずかしそうに俯く。

 そして、その両隣の優斗と瑞香は、どちらも何も言えず、黙っていた。


 ◆


 カクヨムコンが終わったので、ぼちぼち続きを書いていきます。

 書き溜めゼロなので、更新頻度は期待しないでくださいm(_ _)m

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