第51話 ありがとう!
「あ! 甘酒あるよ? どう?」
美雪が神社の一角の人だかりを見て、甘酒を売っているのに気づいた。
彼に聞きながらも、答えを待つ前に強引に貴樹の手を取って引きずって歩く。
「ちょ、強引だなぁ……」
「あはは、いい匂いするんだもん」
確かに、甘酒の独特の甘い匂いが漂ってきていて、人が集まっているのも理解できた。
それに今日は冷え込んでいて、温かい飲み物が欲しくなる。
「ふたつくださいー」
しばらく並んでから、美雪がふたり分を注文して受け取る。
ちなみに、お金はそれぞれが支払った。
「あったかー」
両手で紙コップを持って、美雪は無邪気に可愛らしい笑顔を見せた。
ひとくち飲もうと顔に近づけると、眼鏡がふわっと真っ白に曇る。
それを微笑ましく思いながら、貴樹もコップに口を付けた。
「あ、懐かしい味……」
酒粕で作っただけのシンプルな甘酒だったけれども、生姜がほんのり効いていて、なぜかこの味が懐かしく思えた。
それに美雪も同意する。
「うん、なんかそんな感じ? 家で飲んだことないんだけど」
「甘酒って美味いんだな」
貴樹は冷めてしまう前にと、ぐいっと飲んでしまったが、美雪はちびちびと飲んでいた。
それを最後まで見届けてから、貴樹は手を出して美雪から空になった紙コップを受け取った。
彼が自分の紙コップと一緒に、それを屑入れに捨てるのを、美雪はじっと見つめていた。
貴樹は喋り方も態度もぶっきらぼうなのに、ほとんど怒ることがないし、いつもさりげなく優しくて。
(普通なら……嫌われて当然だよね……)
今までの自分の言動を振り返ると、小言ばっかり言って嫌な思いをさせてきたように思えた。
それでもこれまで愛想を尽かされることなく、関係を続けてこられたのは、彼の優しさに甘えていただけなのだろう。
「ありがとう!」
自分には何もできないけれど、せめて感謝の気持ちくらいはしっかり伝えたいと思って、美雪は大きな声ではっきりと礼を言った。
ただ、貴樹にはそれが意外だったのか、驚きながら答えた。
「な、なんだよ、急に……。俺何もしてないぞ」
「ううん、そんなことないよ。……あのね、この後寄りたいところがあるんだけど、良い?」
◆
美雪の希望のまま、貴樹は手を引かれるままに歩みを進める。
方角から、どこに向かっているのかは、途中で何となく想像がついていた。
「……正月から行く所じゃないような?」
「まあまあ。いいじゃない、どうせ暇なんだから」
「美雪が良いなら、構わないけどさ……」
そして、美雪が足を止めたのは、
「うん。本当に、ただの池だね」
「そりゃ……なぁ」
池を見渡す美雪に、呆れつつも貴樹が返す。
「でも私にとって、すごく大事な場所だよ。……貴樹に助けてもらった場所。それに、貴樹が告白してくれた場所だから」
そう呟く美雪は、彼の手を握ったまま、少し力を込めた。
「そうか」
貴樹はちらっと美雪の横顔に目を遣るが、暗い雰囲気は全くなかった。
それを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「ずっと……嫌な場所だって、そう思ってたんだけど、今は全然そんなことないよ。ここに記念碑を建てたいくらい。あはは」
美雪はけらけらと笑ったあと、すうっと真剣な目をして続けた。
「――それも全部、貴樹のおかげ。ここに来て『私を助けてくれてありがとう』って、貴樹に伝えたかったの」
はっきりと言った美雪は、そのあと少し頬を染めながら微笑む。
照れ臭くなった貴樹は、苦笑いしながら頬を掻いた。
「あ、いや……。そんな大したことしてないって」
しかし美雪は眉を顰めて、口を尖らせた。
「むむ……。そんなことないよ。貴樹がいなかったら、たぶん今は墓の中だもん。……だからね、そのお礼は一生かけて返すよ」
「美雪……」
「……ってのは建前。本音は私が貴樹と一緒に居たいだけ。すごく時間かかったけど、一回捕まえたんだから、逃げられるなんてもう思わないでよね。――知ってるでしょ? 私が執念深いことくらい」
そう言いながら、貴樹の手を力を込めて両手でしっかりと握る。
しばらく貴樹は黙っていたが、口元を緩めてゆっくりと口を開いた。
「はは、そりゃ怖いな。ま、これだけ一緒にいるんだからさ。……美雪より安心できる相手なんて、どこ探しても絶対いないって思ってるよ」
「あはは。……毎日押しかけた効果あった?」
彼の言葉に美雪はにんまりと笑みを浮かべた。
「おう、あったあった。ありまくりだよ。……なんかさ、こんだけ会ってるのに、会うたびにもっと好きになってる気がする。……めっちゃ可愛いしさ」
貴樹は恥ずかしくて、美雪の顔をまともに見れず、目を逸らして斜め上を見た。
その顔を美雪は上目遣いで見上げる。彼女の頬が真っ赤なのは、ただ寒いことだけが理由ではないのだろう。
「へええぇ……。ま、まぁ……私は元から貴樹のこと、これ以上ないくらい好きだったけど……」
「そ、そっか……。そろそろ帰らないか? 寒くなってきたし」
朝は風がなくて穏やかだったが、今は晴れてはいるものの、少し風が冷たく感じるようになっていた。
「うん。だいぶ冷えたし、帰って貴樹に暖めてもらわないとね」
―― 第1幕 完 ――
◆◆◆
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
本作は、ここで第1幕の完結となります。
ゆる~く不定期更新で続きを書いていますので、引き続きよろしくお願いします。
最後に感想、評価ビューなどいただけると、励みになります。
どうかよろしくお願いします!
唐突に前日譚を書いてみました。
「隣に住む幼馴染に、毎日受験勉強を強要されるお話。俺に睡眠時間をくれー!」
https://kakuyomu.jp/works/16818023211768996692
こちらの作品も是非よろしくお願いします。
「借金のカタに侯爵令嬢の屋敷の使用人になった落ちこぼれの俺。え、俺も婚約者候補ですか?」
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