第50話 頼まれてあげよう
――そして正月がやってきた。
ふたりは明るくなった頃に目を覚ましたあと、着替えてから家を出る準備を済ませた。
美雪はクリスマスにプレゼントとして貰ったマフラーを首に巻き、この前買ったブーツを履いて。
貴樹はいい天気のお陰で冷え込んだ気温に合わせて、暖かいダウンジャケットを身につける。
「――それじゃ、行こ!」
「あいよ」
手袋をした手で貴樹の手を引いて、美雪は彼の家の玄関から元気よく足を踏み出す。
これから向かうのは、この近隣では少し大きめの神社だった。
◆
「今朝はよく寝れたか?」
「ん、貴樹のお陰でね」
並んで歩きながら貴樹が聞くと、美雪は笑顔で頷く。
少し踵の高いブーツが、身長差を縮めてくれていた。
彼女のブーツが奏でるコツ、コツ、という音がリズミカルに響いて、美雪の機嫌の良さを表しているようだ。
「俺のお陰ってどういう意味だ?」
「そのままだよ。貴樹の布団が暖かいから、毎日よく寝れるんだよね……」
少し首を傾げて、頬を染めながら美雪はそう答えた。
クリスマス以降、冬休みなのを良いことに、毎晩顔を出しては彼の布団に潜り込むのが今の日課だった。
昼間はそれとは別に、勉強をするためだったり、ゲームをするためだったりで、なんだかんだ理由を付けて現れる。
そのこと自体は、美雪と付き合う前からさほど変わりないことではあったのだが。
「まぁ……美雪の寝不足が解消されたんなら、良いけどよ……」
「んー、最近寝過ぎな気がするくらい。ストレスもないし」
そう言いながら美雪は大きく背伸びをした。
(ほんと、最近幸せすぎて……これまでが嘘みたい)
心の中で呟く。
ずーっと片想いをしていた頃は、彼に会ってもなかなか本音を言えなくて、やきもきしていた。
それが、今は素直に自分の気持ちを出せるし、彼もそれを受け入れてくれる。
思う存分甘えさせてくれるし、その……夜だって……。
「そりゃ、良かったよ。……なんつーか、美雪が小言言ってたのって、案外寝不足のせいだったんじゃないか?」
「それは……無いと思うけど……」
貴樹にそう軽口を言われても、今は全く気にならなかった。
今までなら「そんな訳無いでしょ。貴樹がだらしないだけよ!」などと返していたのだろうと、美雪は自分で思い浮かべながら苦笑いした。
そういう意味では、もしかして彼の言うように少しは関係があるのかもしれない。
交差点に差し掛かり、歩行者用の赤信号でふたりは足を止めた。
「……今年初めて信号にかかったね」
「ぷっ、なんだよそりゃ」
「そのままだよ。今だって初外出だもん」
美雪は眉間に皺を寄せる。
確かにその通りではあるが、子供のような彼女の言い方に貴樹は笑った。
「……そうだな。そもそも美雪と初詣行くってのが初めてだよな。今年ってわけじゃなくてさ」
「ん。……私のいろんな初めてって、ほとんど貴樹だからね」
「……それは俺も一緒か」
たまたま隣で、同じ時期に産まれて。
親も都合が良かったのか、保育園に入る前から一緒に遊ばされていたり、昼寝していたりしていたらしい。
そして、同じ時期に保育園に入って、それからずっと一緒だ。
初めての友達で、性格はまるで違っていたけれど、親友と言えるような関係だった。そして今は恋人同士だ。
先のことははわからないけれど、何となく……ずっとこのまま、これまでと同じように一緒にいるのだろうという、半ば確信のような予感があった。
むしろ、当たり前のように近くにいて、そうじゃない日々の想像が全くつかなかった。
「貴樹は初詣で何をお願いするの?」
考え事をしながらぼーっとしていた貴樹に、ふいに美雪が尋ねた。
「そういや、考えてなかったな」
「むむぅ。それじゃ、健康でも祈っときなさいよ」
「勉学じゃないのか?」
「バカね。それは自分の力でなんとかするもんでしょ」
「……ごもっとも」
良く合格祈願されることではあるが、今年は受験生というわけでもない。
ならば、自分の力で勉強して成績を上げるしかないのは自明だ。
しかし美雪は照れながら続けた。
「まぁ……この私が専属でついてるから、成績は心配ないって。えっへん」
「はは、そうだな」
以前より優しくなったとはいえ、勉強のときに手を抜いてくれそうにはなかった。
……いや、自分のことを想っているからこそ、手を抜かないのだろうか。
そう思った貴樹は、もう手慣れた手つきで美雪の頭を撫でた。
「……頼むよ」
「んふふ、この美雪ちゃんが頼まれてあげよう」
美雪は目を細めて嬉しそうに頷く。
神社に着いたふたりは、参拝客でごった返す参道を、人の流れに乗って拝殿に向かう。
そして、賽銭を投げ入れてから、掲示があった通りに二拝二拍手一拝をしながら、頭の中で願い事を呟いた。
(……貴樹と同じクラスになれますように)
美雪はそのひとつだけを祈願する。
もちろんクラス分けは成績順ということもあるのだが、それでも不確定要素もあるからだ。
参拝が終わったあと、引き返して次に社務所に向かう。
「おみくじ引く?」
「……なんか凶を引きそうな気がするんだよな、俺」
「貴樹って、Mだもんね。そのほうが嬉しいんじゃない? あはは」
「そ、そうか……」
笑う美雪を横目に、おみくじを選んで初穂料を支払った。
そして紙をめくると……。
「末吉か……」
なんとも微妙な結果に、貴樹は苦笑いをした。
「ぷくく、なんか貴樹らしいね」
美雪も笑いながら自分の分を選んで、紙を開いた。
「……う、末吉」
番号は違うものの、同じ末吉を引いた美雪は微妙な顔を見せる。
それを見て貴樹は笑った。
「はは。なんだ、
彼にそう言われると、別に悪い結果じゃないようにも思えてきた。
こういうところまで同じだと、逆に相性がいい気がして。
「――こ、これは私が貴樹に合わせてあげたのよっ!」
と、美雪は嬉しそうにしながら、ぐりぐりと貴樹の脇腹に肘を突いた。
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