第55話 絶対に秘密だから……

「よろしくお願いします」


 翌日、瑞香は予定通り10時に美雪の家に来た。


 ちなみに、それまでの時間は貴樹の家に行って、ひとしきり甘えさせてもらったあとは、厳しく宿題のチェックをしてきた。

 飴と鞭みたいなものと思いつつ、飴をもらっているのは自分の方だとも自覚していた。


「はーい、まぁ上がってよ」

「失礼します」


 瑞香は恐る恐る、美雪の家に上がる。

 今まで来たことがないわけではないが、それは小学校の頃のことだ。

 その頃の美雪はもっと大人しい性格だと思っていたが、今では尊敬する先輩だ。


 美雪の部屋に入り椅子に座った。

 テーブルには高校入試の参考書の山が積まれていて、事前に準備してくれていたことがわかる。


「ゆうくんの勉強の話だよね?」

「はい、少し見たんですけど、優斗って理数は良いんですけど、英語と国語が致命的で……」

「ふぅん……。典型的なタイプなんだ……」


 恐らく自頭は良いのだろう。

 しかし、夏まで部活に力を入れていたこともあって、基礎的なところが不足しているのだと思えた。


(そういうところも貴樹とそっくり……)


 貴樹も勉強時間が足りなくて、受験のときは苦労したことを思い出す。

 夜遅くまで付き合って、厳しくすることで合格を勝ち取ったのだ。


「そうなんです。今からだとキツい気がして……」


 不安そうに言う瑞香に、美雪は提案を投げかけた。


「いくつか選択肢があるよね? 英語と国語のどっちかを捨てて得意な教科を伸ばすか、得意教科はそのままにして、英国両方頑張るか。……両方捨てるのは中央だと厳しいと思うから」

「わたしもそう思います。……今は、どっちもかなり苦手っぽいので、できたら両方かなと。ただ……」

「ただ?」


 瑞香は更に目を伏せながら言う。


「……ただ、優斗は中央に行けなくても良いって」


 それは美雪にとっても意外だった。

 一昨日会ったときは、美雪と同じ高校に行くことを元気に言っていたことを思い返す。


「んー、それは困ったわね。中央じゃなくていいなら、そんなに頑張らなくても……」

「そうなんです。……わたしは同じ高校行けたら良いなって思うんですけど」


 瑞香の様子を見て、美雪はなんとなく気付く。

 自分と同じ感じがして。

 きっと、瑞香は……。


「ふーん。……瑞香ってゆうくんのこと気になってたりする?」


 美雪の問いかけに、瑞香は頬を染めて慌てて否定した。


「えっ!? いえっ! そんなことは……っ!」


 しかし、その態度でバレバレだった。

 にんまりと口角を上げつつ、美雪は返した。


「青春ねー」


 しかし、頭の中では色々と思うところがあった。

 貴樹が中央を受けることにしたときは、貴樹なりの目標があってのことだ。

 美雪はそれを手伝ったにすぎない。

 だから、あれほどの時間を勉強に費やしても、弱音――は吐いていたような気もするが、頑張ってこれたのだ。


 一方、優斗の場合、中央に行けなくてもいいと本当に思っているのならば、あれほど頑張れないとも思えた。

 勉強内容を決める前に、それを確かめないと無駄になってしまうように感じた。


「……それはそれとして、私からゆうくんに聞いてみようか? 本当にどうしたいのか……」

「うーん……」


 瑞香はしばらく考え込んでいる様子だったが、ふいに顔を上げた。


「――あのっ! 美雪さんって、どうやって彼と付き合うようになったんですか……?」

「へ……?」


 唐突に聞かれて、美雪は間の抜けた返事を返した。

 これまで瑞香の話をしていたはずなのに、何故自分のことが聞かれたのか、一瞬戸惑う。

 そんな美雪に、瑞香は更に踏み込んだ。


「美雪さんの彼氏って、幼馴染の人ですよね? どっちから、どんな感じで付き合う流れになったのか、知りたいんです。参考にしたくて……」

「そ、そう言われても……」


 それは、まだ1ヶ月ちょっとしか経っていないことだ。

 貴樹となんとか付き合いたいと思っていた自分が、気を惹こうとメイド服を着て彼の家に行ったのがキッカケではある。

 だが、それを素直に伝えることなど、恥ずかしくてできるはずもない。


「教えてください。お願いします……」


 しかし、瑞香は頭を深く下げて、上げる気配もない。


(うぅ……。この子、昔から決めたら諦めないのよね……)


 それは自分と通じるところかもしれない。

 同じ血を引いているからだろうか。


 美雪はしばらく頭を上げない瑞香を見て、大きく息を吐いた。

 そして――。


「……仕方ないわね。絶対に秘密だから……」


 そう言って美雪は立ち上がった。

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