第38話 ……まだ自分でもわからないの。

「…………そう」


 玲奈の話に、美雪は複雑そうな顔を見せた。

 そう言われると余計に気になってしまうけれど、本人が言いたくないことを無理に詮索することもできなくて。


「本当にごめんなさい。でも、言ったとおり、私が弱かっただけ。……私が美雪に八つ当たりしてただけなの」


 美雪はしばらくの間、俯く玲奈を見ていたが、やがて口を開いた。


「……わかった。……とりあえず、冷める前に食べようよ」

「そうね……」


 美雪に促されて、玲奈は残りのティラミスを口に運ぶ。

 そのほろ苦い甘さが今の気分を表しているようにも思える。


 自分の目的だった、美雪と話をすることはできた。

 ただ、これで終わったわけでもないし、むしろこれからの道のりのほうが長いのだろう。

 それは自分がずっと背負っていかないといけないのだから。


 それからケーキを食べ終わるまで、ふたりは無言だった。

 お互い、何度か口を開こうと思ったが、何を話せば良いのか分からなくて、どうしても声が出なかった。


 そのとき――。


「やっほー、なーにそんなに暗い顔してるのー? 美雪ちゃん! 玲奈ちゃんも!」


 唐突に、底抜けに明るい声で声をかけられて、ふたりは驚いて顔を上げた。

 聞き覚えのある声。

 メイド服でテーブルの脇に立っていたのは亜希だった。


「亜希ちゃん……」

「ほらほら、ここは楽しむカフェなんだからねー。このテーブルだけ、なーんか空気が重いよー?」


 美雪が呟くと、亜希はテーブルに乗りかかるように笑顔を振りまいた。

 もともと明るい亜希なのに、更に営業スマイルが上乗せされていて、明るさではとても太刀打ちできそうにない。


「ふふ、そうね。ありがとう」


 玲奈も少し表情を和らげて、冷たい水を口に含んだ。

 美雪に謝ることが目的だったけれども、そのせいで余計に困らせるのではいけないと思い直す。


「それじゃ、アタシ行くね。またあとでー」

「うん、ありがとう」


 手をひらひらさせながら、亜希はふたりのテーブルを離れてフロアを周り始めた。

 見ていると、他の客からも声を掛けられたりしながら、その都度笑顔で対応している様子だ。


「亜希ちゃん、すごいなぁ……」


 バイトということで、時には大変なこともあるのだろうが、それを全く感じさせない。

 美雪はそれを感嘆しながら、自分のことを思い返した。


(私は……ダメだなぁ。すぐ顔に出ちゃうもん……)


 嬉しいときや落ちこんでいるとき、恥ずかしいとき……すぐに顔に出てしまって、貴樹には全部丸わかりなのかもしれない。

 もしかして、今まで気づかないフリをしてくれていたのかも……?

 などと思ったけれど、彼が自分の想いに気づかなかったのだから、やっぱり鈍感なのか。


 そんなことを考えていと、玲奈から声が掛けられた。


「……なんだか嬉しそうね?」

「え? あっ……!」


 つい口元が緩んでしまっていたようで、指摘されて美雪は照れながら声を上げた。


「あはは、なんでもないよ、なんでも……」


 ◆


 貴樹は先にメイド喫茶を出て、外で美雪たちが出てくるのを待っていた。

 陽太には先に帰ってもらった。


 しばらくして店から出てきた美雪は、貴樹を見つけて駆け寄る。

 その様子を玲奈は羨ましそうに見ていた。


「どうだった? まぁ、その様子じゃ心配なさそうだな」

「うん、詳しくは後で話すから。――玲奈」


 美雪が玲奈を手招きすると、ゆっくりと玲奈は歩み寄った。


「貴樹君、今日はありがとう。本当に感謝してるわ」

「いや、俺のことは気にしなくていいよ」

「そう……。これからも美雪を支えてあげてね」

「……なんか別れの挨拶みたいだな」


 貴樹が困ったような顔で答えると、玲奈は笑う。


「そんなことないわ。わっざわざ美雪のいる高校探して転校したんだから、また転校は嫌よ。手続き大変だったもの」

「え、そうなんだ……」


 貴樹は玲奈からそれとなく伝えられていたが、美雪はまだ聞いていなかった。

 玲奈と再会したのは偶然ではなく、彼女の意思だったとは思っていなかったのだ。


「さっきは話さなかったけれど、本当よ。……それじゃ、またね」

「あ、待って」


 帰ろうとする玲奈を、美雪が呼び止めた。


「あのね……。正直、玲奈のこと許せるかどうか……まだ自分でもわからないの。今はもう気にしてないつもりなんだけど……やっぱり」

「……だと思うわ。ずーっと大きなマイナスだったものが、ちょっと謝ったくらいでゼロになったり、ましてやプラスになる訳ないもの。……でも、少しでもマイナスが少なくなったなら、私にとっては意味があることだから」

「……うん。ごめんね」


 そう答えた玲奈の表情が寂しそうに見えて。

 美雪は胸がチクリとするのを感じていた。


 玲奈はふたりに片手を上げてから、背を向けて帰っていく。

 その様子をじっと見ていたが、玲奈が見えなくなったところで、ふたりも帰ろうと頷きあったとき――。


「――玲奈! 玲奈だろ!!」


 突然聞こえてきた声で、玲奈の消えたほうに視線を戻した。

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