第37話 悪いのは全部……私だから
「お帰りなさいませ、お嬢様」
玲奈と美雪が店に入ると、落ち着いた様子のメイドが深々と礼をする。
そして、真面目な顔で続けた。
「それでは、わたくしがお席にご案内させていただきます」
「はい、お願いします」
美雪はそう答えて、案内役のメイドについて行きながらも、ちらっと店内を確認する。
パーティションがあり髪しか見えなかったが、美雪にはどれが貴樹かすぐにわかった。
「こちらでございます。ごゆっくりお寛ぎくださいませ。後ほどご注文をお伺いに参ります」
席に着くと、まずはふたりそれぞれメニューを確認する。
「どうする? 飲み物だけ? それともスイーツとかも食べる?」
玲奈は美雪に聞く。
今日は話をするのが目的ということもあって、美雪としては飲み物程度で済ますつもりではあった。
ただ、ここが初めてだという玲奈に合わせようとも思う。
「玲奈に合わせるよ。ここ、ワンドリンクだから、それだけは気をつけて」
美雪がそう答えると、玲奈は「わかった」と言いながら、メニューの写真を眺める。
「んー、せっかくだからケーキとかも食べたいかな。……構わない?」
「うん」
玲奈に合わせて、美雪は小さく頷く。
「それじゃ……。これにしようかな。美雪は決めた?」
「うん、決めてる。……じゃ、呼ぶね」
「いいわよ」
返事を待ってから、美雪は呼び鈴を鳴らす。
すぐに先ほどのメイドが優雅な足取りで現れる。
「お決まりでしょうか、お嬢様方」
「ええ、私はティラミスとカプチーノでお願い」
「かしこまりました」
先に玲奈が注文をするの聞いて、続けて美雪も注文する。
「私はカフェラテとミルクレープで」
「はい、かしこまりました」
メイドはしっかりと注文をメモしてから復唱する。
「こちらのお嬢様がティラミスとカプチーノ。そしてこちらのお嬢様がミルクレープとカフェラテでお間違えないでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
美雪が頷くと、メイドは深く礼をして颯爽と厨房に帰っていった。
届くのを待つ間、しばらくどちらも無言で、気まずい空気が漂う。
しかし、意を決した玲奈は、ひとつ「ふぅー」と息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……今日はありがとう。もう美雪と話す機会なんて無いかもって思ってたから、嬉しい」
元々貴樹から玲奈の意図を聞いてはいた。
ただ、それでも不安が残っていた美雪は、まだ緊張が解けていなかった。
「……うん」
玲奈の話の先がどうなるのか気になって、美雪は不安そうに頷く。
その様子を見て、玲奈は別の話から入ることにした。
「転校してきて驚いたけど、今も変わらず貴樹くんと一緒なのね」
「うん……」
貴樹の名前を聞いた美雪は、少しだけ表情を和らげる。
「……付き合ってる?」
「う、うん……」
ストレートに尋ねられた美雪は、面食らいつつも、小さく首を縦に振った。
「そう。良いなぁ……」
それは玲奈の正直な感想だった。
今まで告白は何度かされていたが、誰とも付き合ったことがなかった。
父親のことがあり、どうしても男というものが信用できずにいた。
ただ、美雪と貴樹を見ていると、家族のようにお互いを深く信用していることが、傍目からもすぐにわかるほどだった。
(そんな
だからそれが羨ましく思うとともに、ホッとした。
いま目の前にいる美雪が、毎日を幸せそうにしていることに対して。
「でも実は……付き合うことになったのは、ほんの少し前……」
「え……?」
しかし、続けた美雪の言葉は意外だった。
美雪のことを心配していた貴樹の態度から、ずっと長い間付き合っているように見えたのに、そうではなかったということに驚く。
とはいえ、小学校の頃からと考えれば、このふたりにとってはさほど意味のないことなのかもしれないと思えた。
「……でもその話はいいかな。――あ、ケーキ来たっぽいよ」
美雪が顔を上げると、先ほどのメイドさんがちょうどケーキと飲み物を運んできているのが見えた。
「お待たせしました、お嬢様」
そして丁寧にテーブルの上に置く。
置いてから最後に手で少しスライドさせるところも、丁寧に。
「美味しそうね」
玲奈がひとくちカプチーノを飲み、それからティラミスを口に運ぶ。
「うん、悪くない」
そして味わってから満足そうに頷いた。
美雪もその様子を見てから、同じように自分のミルクレープを口に入れた。
お互いのその様子を目にしてから、玲奈は「今だ」と思って口を開いた。
「……でね、美雪に来てもらったのは……これも貴樹くんから聞いてると思うけど……美雪にどうしても謝っておきたいと思ったから。……聞くだけでもいいから、聞いてくれる?」
「…………うん」
緊張しながらも、美雪はゆっくりと頷いた。
玲奈はカプチーノをもう一度ひとくち飲んで、「ふぅ」と息を整えてから、改めて美雪に向き合う。
「まずは、小学校の頃、虐めたりしてごめんなさい。あの池のこともそうだし、それ以外にもたくさん。……『許して』なんて図々しくて言えないし、許してくれるとも思ってないわ。ただ……私ずっと後悔して生きてきたから……それだけは伝えたくて」
「…………」
美雪は玲奈の言葉にどう答えるべきなのか悩んで、口を開けられずにいた。
玲奈を恨んでいたかと自問自答すれば、正直あまりそんな気持ちはなかった。
――それは貴樹がいつも庇ってくれていたから。
ただ、あの池の事件だけは別だ。
本当に怖くて怖くて。
何度も『死ぬ』と思ったことが、頭の芯まで刷り込まれていた。
そして同時にその発端となった玲奈が『怖い』と思うようになったのだ。
そのことに関して、美雪が聞きたかったのはひとつだけだった。
「……ひとつ、教えて欲しいの。玲奈はなんで私を虐めようって思ったのか……」
理由なんてないのかもしれない。
自分は運動もビリ、友達と言える友達もいなくて、玲奈からすればただ邪魔なだけのクラスメートだったのだろうから。
玲奈は美雪の問いに、一度目を閉じ、ゆっくり息を吐いてから話し始めた。
「……それは、できたら言いたくないの。たぶん美雪が聞いたら、もっと悩ませちゃうと思う。……でも安心して。美雪が悪いことは何もなくて、悪いのは全部……私だから」
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