第26話 ……言わないとダメかな?

 体育座りした美雪は、膝に顔を伏せて肩を震わせる。


「……もっと強くならないとって、ずっと思ってたけど……無理だよ……」


 そんな彼女を見ていられずに、貴樹は横から引き寄せるように肩に手を回した。


「……たか……き?」


 身体に回された彼の腕に自分の手を添えながら、美雪は彼の胸に顔を埋めた。

 その頭をそっと撫でるように、貴樹は無言で強く抱きしめる。


「うぅ……。うわあぁ……ん……!」


 先ほどまでは涙を溢していただけだったが、堰を切ったように彼の胸で声を上げて、美雪は泣き始めた。


 貴樹は彼女の背中に手を当て、あやすように無言でさする。

 この数日間、心配を掛けないようにとメールでは元気そうに振る舞いながらも、その一方ではひとり自分の過去と戦っていたことを知った。


 心配はしていながらも、何もできなかったことを貴樹は悔やむ。

 彼女の弱さを知っている自分が支えてあげないといけないと、いつも思っていたのにも関わらず。


「ごめんな。ずっとほったらかしにして……」

「……ひっく……。ううん……全部私のことだもん……」

「そんなことないって。……もっと頼ってくれていいから」


 美雪は彼の言葉を耳にして、涙でぼやける目を擦りながら、彼のほうに顔を向ける。


「でも、貴樹にこれ以上……迷惑かけたくないよ……」

「いつも美雪が言ってるじゃん。もう今更だって」

「そうかもだけど……」


 確かにこれまでずっと、彼に頼ってきた。

 しかし、逆にそんな自分が許せなくて、美雪は目を伏せて尋ねる。


「……なんで貴樹は……こんな私に、そんなにも優しいの?」

「なんでって言われてもな……。なんつーか、美雪が元気じゃないと、なんか落ち着かないんだよな」

「……はは、なにそれ」


 困ったように答えた貴樹に、よくわからないまま美雪は小さく笑う。


「……しばらく顔見ないと、なんか不安だしさ。一緒にいて当たり前って感じで」

「それは……私もそうかも」


 ここ数日のことを思い返してみると、たぶん……きっと……貴樹が横にいてくれていたら、こんなことにはなっていないだろうと思えた。

 それを拒んだのは自分だけども。

 だからこそ、やっぱり自分は彼がいないと駄目なんだと、ため息をついた。


 その様子を見ていた貴樹が、ゆっくりと口を開く。


「だからさ……しばらく美雪がいなくなって気づいたんだ。……ああ、俺って美雪のことが好きなんだなって……」

「…………え……?」


 突然、少し照れながら彼が言った言葉に、美雪は驚いて声を詰まらせた。

 そして、一瞬遅れて声を上げる。


「ええぇっ⁉︎ そ、それ……嘘じゃないよね……?」

「なんでそこ確認するんだよ。……俺が嘘ついてもすぐバレるだろ?」

「そ、そうかな……? じゃ、じゃあ……」


 さっきまでの不安そうな顔から一転して、美雪は期待のこもった顔を見せた。


「ああ……。これからもずっと一緒にいて欲しいんだけど……」

「…………し、仕方ないわね。貴樹の頼みなら……」


 美雪は思っていたこととは裏腹に、遠回しに頷いた。

 本当は全力で肯定したかったけれど、つい……いつもの癖が出てしまったのだ。

 ――ただ、満面の笑顔で。


「『仕方ない』って感じには見えないけどな」

「……うっ! ……なんでそんなとこだけ察しがいいのよ……」

「はは……」


 彼に見透かされているなら、もう気にすることもない。

 それまで彼に抱かれていた美雪だったが、自分から彼の身体に手を回して、押し倒すように強く抱きしめた。


 ◆


「……でさ、美雪からも聞きたいんだけど。俺のことどう思ってたのか……」


 少し時間が経ったあと。

 目の下の隈はそのままにしても、随分と元気さを取り戻した様子の美雪に、貴樹は照れながら聞いた。


「あ……えっと。……い、言わないとダメかな?」

「俺言ったんだからさ」

「うん……そうだよね……」


 そう小さく呟いてから、美雪は目を閉じて「ふぅー」と大きく深呼吸して、覚悟を決めた。


「……私も、貴樹のこと好き。ずっとずっと前から、大好きだったよ? ほんっと鈍感なんだから……」

「はは……。悪いな」

「今までどれだけ私が苦労したと思ってるの。……罰として、今晩はずっと一緒にいてよね。私ひとりの夜なんて、怖いんだもん」


 気分は完全に吹っ切れていたが、それでもこのあと迎えるであろう夜、ひとりになるのはまだ不安だった。

 だから、一緒にいて欲しかった。


「わかったよ。風呂入ったらこっそり来いよ」

「うん。ちゃんと布団温めておいてね。あと……」

「なんだ?」


 貴樹が聞くと、美雪は眉を顰めた。


「ん!」


 小さく喉を鳴らしながら、そのまま顎を彼の方に突き出す。

 ようやく彼女の意図がわかったのか、貴樹が正面に向き合うと、美雪はそっと目を閉じた。


 そして――。

 出会ってから初めて、お互いの唇を重ねた。


 ◆


「まぁ、美雪が元気そうでよかったよ」


 手を繋いで家に向けて歩きながら、貴樹は心境を呟いた。


「元気なわけないでしょ。……すごく目がしょぼしょぼするし、頭くらくらする」

「そりゃそうか。……メシは?」

「朝から食べてない。たぶん、食べたら眠気我慢できないと思う」


 今が空腹だから、なんとか耐えているということか。


「それ、昨日までもそうなんだよな? それでも寝られないのか?」

「うん……。すっごい眠いから寝ようとするけど、寝た瞬間に起きちゃう感じ?」

「それ辛いな」

「だから辛いって言ったでしょ。もっと労わってよね」

「へいへい。……じゃ、背負って帰ってやろうか?」

「え? そこまでは……。私に優しくしても、宿題チェックは緩くならないよ?」


 そう言って美雪は笑った。

 でも、彼の気遣いが嬉しくて、繋いだ手を大きく振る。

 喜んで尻尾を振っている犬みたいだな、と自分で思って、実際そのとおりだということに苦笑いした。


「ははは……」

「……でね、貴樹はいつから私のこと好きだったの?」


 今更怖いものなんてない、とばかりに美雪は気になっていたことを聞いてみることにした。

 貴樹は返答に困りながらも、期待の面持ちで顔を覗き込んでくる美雪に答えた。


「……正直、最近かな。メイド服着てくるようになって、すごく可愛いなって。なんか、ちょっと性格も丸くなった気がして」

「へええぇー……」


 やはりメイド服が効いていたのだと聞くと、恥ずかしかったけど効果があったようだった。

 美雪は作戦勝ちだとばかりに、空いた手で握り拳を作った。


「でも、たぶん……本当に大事だって気づいたのは、ここ数日だよ。しばらく会わなくて、なんか……美雪の顔見ないと落ち着かなくてさ」

「そっかそっか。ふーん……」


 美雪はうんうんと頷きながら、彼の話を聞いていた。

 こうして今まで聞けなかったことが聞ける。これだけ近くにいても、これまで間違いなく存在していた壁が、ようやく無くなったような気がして。


「私は……それこそ小学校の頃からずーっとずーっと、好きだったよ。そうでもなきゃ、女の子が毎朝起こしに行ったりするワケないでしょ?」

「そりゃあ、長いな。……悪かったな」

「んふふ、許すよ。でも、そのぶんをこれから取り返すから、覚悟しておいてよね」


 ずっと片想いしていたときにはできなかったことを、これからふたりでできると思えば、すごく長い助走期間だったと思おう。

 だってまだ高校1年生なのだ。

 時間はたっぷりある。


 2人が手を繋いだまま家に着いたとき、空はちょうど夕焼けで真っ赤に染まっていた。


 ◆◆◆


 読んでいただいて、本当にありがとうございます。

 ここで物語はほぼ半分です。

 え、まだ半分??

 と思われるかもしれませんが、半分です。


 カクヨムコン参加しておりますが、作品フォロー、★評価も多くいただいていて、皆さんの応援のお陰で自分としては望外の順位におります。

 まだ★付けてない方で、

「しょうがないわね。つ、付けてあげてもいいわよっ!」

って人がいれば、小説トップか最新話の下の方にある「★で称える」の「+」ボタンをポチポチっと3回押して頂けると嬉しく思います。


「ほ、星つけても、別に減るもんじゃないんだからねっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る