第21話 ――わぁあぁ!

「今、お写真良いですかー?」


 ケーキを食べ始めて15分ほど経ったころ、若い女性スタッフの1人がカメラを持って2人に話しかけた。


「あ、はい。大丈夫です」


 いつ来るのかと緊張していたけれど、思ったより早く来てくれたことで、美雪は少し安堵した。

 写真撮影が終われば、あとはゆっくりケーキを食べるだけだからだ。


「えっと、名前をこちらに。下の名前だけで良いですから」


 そう言ってメモを渡される。

 これは写真掲載のときに、同時に載せられる名前だろう。

 偽名やニックネームを載せている人もいたけれど、美雪は素直に2人の名前を記入した。


「はい、これで」

「ありがとうございます。――それじゃ撮りますから、できるだけ仲良さそうにしてくださいねー」

「わかりました」


 スタッフに促されて、貴樹は丁寧に答えると、美雪の隣に席を移る。

 そして、椅子を近づけて体を寄せると、肩が触れるほど近づいた。


(……近っ!)


 美雪は内心ドキドキしつつも、カップルだというていで来ていることもあって、平常心を装ってカメラに視線を向けた。

 ただ、どうもスタッフの顔色が優れない。


「……もうちょっと、近づいてもらえます?」


 これ以上近づけと言われても……と美雪が思っていると、貴樹が突然美雪の肩を抱いて、ぐいっと密着させた。


(――わぁあぁ!)


 声には出さないものの、美雪の心臓がバクバク音を立てる。

 しかも、それから更に顔を寄せてきて、コツンと彼の頭が当たった。これ以上ないくらいの密着具合に、美雪の頬が染まる。

 2人の密着具合に満足したのか、スタッフが頷く。


「良いですねー! 撮りまーす!」


 ――パシャ! パシャ!


 2回、シャッター音が聞こえた。

 スタッフは液晶画面で写真を確認すると、それを2人にも見せた。


「こんな感じで撮れてますよ。掲載、楽しみにしていてくださいね。ご協力ありがとうございましたー」


 去っていくスタッフを見送ったあと、ふたりは間近で顔を見合わせた。


「……あれは恥ずかしすぎるんだけど」

「わ、悪い……。ちょっとやりすぎたか……」


 貴樹もここまでだと思ってなかった様子で頭を掻いた。


「ま、まぁ……もうどうしようもないけどね」

「……お、おう」


 少しずつ美雪の心臓は落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ余韻を引き摺っていた。


(どこからどう見てもカップル……だったよねぇ……)


 想定通りといえばそうだが、それでも恥ずかしすぎた。

 美雪は震える手で紅茶のカップを口に運んで一口飲むと、「ふぅ……」と息を吐き出した。


 ◆


「もうお腹いっぱい……」

「俺も……」


 写真撮影のあと、落ち着いたふたりはケーキを堪能していた。

 しかし、バイキングの制限時間は2時間だが、1時間ほどでふたりともお腹がいっぱいになってしまった。


 最初は一口サイズのケーキで味見してから、気に入ったケーキを大きいサイズで選ぶというスタイルで、貴樹は4個。美雪はかなり頑張って6個食べ切った。

 今は紅茶も味を変えて、ダージリンをゆっくり飲んでお腹を休めている。


「6個ってヤバくね?」

「だねー。適当だけど、1個300〜400キロカロリーとしたら、3000キロカロリーくらいは食べてるかも。小さいのも入れたら」

「えっと、体重1kgが7500だったっけ? じゃ、400gくらいこれだけで増えるってことか?」

「おー、よく覚えてたね。褒めてあげる。計算上はそうなるね」


 そんな話をしていると、どうも新しくアップルパイが焼けたようで、スタッフが案内する声が聞こえた。


「アップルパイ、美味しいよね」

「……まだ食べれるのか?」

「だって、アップルパイだよ? 食べないと勿体無いよ」


 美雪は立ち上がると、アップルパイを取りに行った。

 それを見送った貴樹は、空になったティーカップを持って、紅茶のお代わりを淹れに行く。


「ありがとう」


 アップルパイを取るのに行列ができていたからか、先に戻っていた貴樹に美雪が礼を言った。


「大したことじゃない」

「気が効く貴樹に、アップルパイ少しあげるよ」

「え、もうお腹いっぱいだけど……」


 貴樹は手を振って断ったが、美雪は譲らない。

 フォークにアップルパイを一口ぶん突き刺すと、笑顔で彼の方に突き出した。


「はい、あーん」


 流石にそれは断りきれずに口を開けると、美雪はそっと口の中に入れてきた。

 そして、笑った。


「あは、本当のカップルみたいだね」


 貴樹にはその笑顔が眩しく見える。

 自分は……本当のカップルになるのも良いなと最近思うようになった。

 美雪は……どう思っているんだろうか。

 ただ、少なくとも嫌だと思っているなら、こうして一緒に過ごすこともないだろう。

 もしかして――。


「同じ……なのかな」


 小さく呟いた言葉が聞こえたのか、美雪が不思議そうな顔をした。


「同じって……なにが?」

「あ、いや……独り言」

「……? まぁいいけど……」


 結局、そのあとアップルパイを食べ切ったところで、ケーキバイキングを後にすることになった。


 ◆


「しばらくケーキは見たくないよー」


 帰り道、重たいお腹を抱えて美雪が呟いた。


「クリスマス、もうすぐだろうに」

「あ、そうだった……」


 彼に指摘されて気づく。

 クリスマスには自分でケーキを作って彼に食べてもらう手筈なのだ。

 今日食べたケーキの味にはとても敵わないと思うけれど。


 ――そう思いながら、何気なく道行く人の流れに目を遣ったときだった。


「あれ……?」


 その中のひとりが目に留まる。

 普段から遊んでいるような、茶髪ショートカットの女子。

 見えるのは横顔だけだが、見間違えるはずもない。


「アイツ……戻ってきてたのか」


 貴樹も気づいたのか、小さな声で呟く。

 ただ、その声は美雪の耳からは、酷く遠くに感じた。


「はー……はー……」


 その横顔に視線が釘付けになったまま、荒い呼吸を繰り返すことしかできない。

 目を逸らしたい。

 落ち着こうと思っても体が動かないまま、美雪の意識は遠くなっていった。

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