第20話 んんー、おいしー
目的のケーキバイキングは11時からだ。
それまでは、2人でゲームをして時間潰しをしていた。
「……そろそろ行こうよ」
「おう」
時計を見た美雪に促されて、貴樹はジャケットを羽織る。
「いつでもいいぜ」
美雪も一度脱いでいたコートを身につけた。
少し緊張している様子もあったが、彼と視線を合わせると、ひとつ頷く。
「よ、よし。行くわよ……!」
「なに緊張してんだよ。ガラじゃねーな」
「な、なによ! 私だって緊張くらいするわよ!」
「ケーキ食べに行くだけだろ?」
「それはそうだけど……」
いつも気にせず彼と出かけているけれど、今日は特別だ。
なにしろ、行ったあとには「本日ご来店のカップル」として店のSNSに写真が載ってしまうのだから。
きっと友達の何人かには見られるだろうし、もしかしたらクラスでも広められてしまう可能性だってあった。
(でも……これは既成事実作るチャンスよね……!)
そう考えて、美雪は心の中で気合いを入れ直すと、彼の部屋を出た。
◆
「いらっしゃいませー」
美雪は緊張しながらも貴樹を引き連れてレストランに着くと、受付で若い店員がにこやかに挨拶してくれた。
それを見て少し緊張が和らぐ。
「えっと、このチケットがあって……」
「はい、クーポンですね。確認しますねー」
店員にチケットを渡すと、裏のサインなどを確認していた。
「予約はされてますか?」
「はい。友達が予約してくれてたんですけど……その友達が来れなくなったので、代わりに……」
そう言って、ちらっと斜め後ろの貴樹の方を見た。
「ええ、ご安心ください。どなたでも大丈夫ですから」
「あと……その……。チケットに書いてある……」
美雪は緊張しながらも、チケットにある一文を指差した。
「あぁ、カップル割ですね。……ただ、その場合は当店のSNSに、お二人の写真を載せさせていただくことになります。こんな感じで。……大丈夫ですか?」
今までのカップル写真を見せられた美雪は、心のなかで叫んでいた。
(うわぁ……。ヤバいって、これ……)
普通に並んでの写真もあったが、抱き合っていたり、顔を寄せ合っていたりと、恥ずかしくなるような写真も散見された。
しかし、ここまで来たのだ。
もう引き下がれず、美雪は「は、はい……」と小さく頷いた。
念のため、店員は貴樹のほうにも顔を向けて意志を確認する。
「俺もいいぜ」
「ありがとうございます。それでは先にお会計させていただきますね――」
会計を済ませると、2人は店内に案内される。
バイキング形式ということもあり、時間制限の2時間が来るまで、店内のケーキやアイスクリーム、飲み物などを自由に選ぶことができるようだ。
写真は適当な頃合いにスタッフが回ってきて、撮ってくれるとのこと。
「ま、気軽に行こうぜ」
「うん……」
美雪がまだ緊張しているような素振りを見せていたこともあって、貴樹は軽くフォローする。
席に着き、ひとつ深呼吸をしたあと、美雪は気合を入れ直した。
「――じゃ、気合い入れて食べるわよ!」
「あんまり食べると太るぞ?」
「なに言ってんの。1kgは7500キロカロリーなんだから、1日じゃどんなに食べても大して太らないよ」
「そ、そうか……」
貴樹は軽くからかっただけのつもりだったが、いきなり論破されて苦笑いを浮かべた。
そして美雪は足取り軽く、バイキングコーナーに向かっていった。
それを貴樹は見送りながら、自分は飲み物を先に取りに行く。
(確か、美雪は……)
ケーキということもあり、ジュースやコーヒーのほかに、紅茶も何種類か準備されていた。
普段ジュースを飲むことが多いのを知っていたけど、貴樹は記憶を頼りにアールグレイを選ぶ。
アールグレイは香り付けされた紅茶で、柑橘系の独特の香りがするものだ。
席に戻ると、先に美雪が大皿に2人分のケーキを取ってきていた。
一口サイズに小さくカットされたものだ。
「適当に美味しそうなのを持ってきてあげたわよ。好きに食べていいから」
「さんきゅー。じゃ、代わりにお茶な」
「うむ、くるしゅうないぞ」
満足そうに美雪は頷くと、差し出したカップを受け取って、香りを確かめる。
「あ、アールグレイだ。私好きなんだー」
「よくわかったな」
「この香りでわからない人なんていないよー」
「そっか。ケーキもらうぞ」
「うん」
貴樹はフォークを持った手を伸ばして、皿からひとつケーキを口に運ぶ。
それを美雪は眺めてから、一口紅茶を口に含む。
そして自分もオレンジムースのケーキを選んで口に入れた。
「んんー、おいしー」
よほど美味しかったのか、美雪が片手で頬を押さえながら目を細め、柔らかい笑顔を見せた。
それをじっと見ていた貴樹はつい見惚れてしまう。
(……やっぱ美雪って可愛いよなぁ)
久しぶりに正面からまっすぐ、美雪のそういう笑顔を見た。
もともと笑顔を見せることが多い彼女だが、貴樹に対してはどちらかというと悪戯っぽい、含んだ笑顔が多かったからだ。
そんな彼女を無言でしばらく見ていると、視線に気づいた美雪は首を傾げた。
「どうしたの? ……もしかして、私の顔に何かついてる?」
「あ、いや。別になんでもない……」
「そう。ならいいけど……」
貴樹は慌てて視線を逸らして、次のケーキに手を伸ばした。
確かにケーキは美味しい。
ただ、そんなことよりも、美雪が嬉しそうに食べているのを見ることのほうが、よほどここに来た意味があったと思えた。
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