17〜29

第17話 ……ふわあぁぁ……

「ねぇねぇ、美雪ちゃん」


 始業前、いつものように教室に着くと、先に来ていた亜希が美雪に声を掛けた。

 美雪は手招きする亜希の席に向かう。


「どうしたの?」

「あのねー、お願いがあって。テスト明けの土曜、ケーキバイキングの割引チケットがあるから行こうと思うんだよー。でもアタシひとりじゃ気まずくて。一緒に行ってくれない?」

「ケーキバイキング?」

「うん。駅前のレストランでやってるの。近いからバイト先にチケット回ってきたんだよー」


 見せられたチケットは、どうやら亜希がバイトしているメイド喫茶に配ってくれたようで、通常価格から3割引になるというものだった。


「結構割引大きいんだね?」

「だねー。ほら、メイド喫茶の子ってみんなスイーツ好きだし、SNSとかでも宣伝するじゃん? だからだと思うよー」

「ふーん……。そういうのは私よくわからないけど……」


 時間がなくて、美雪はSNS系には手を出していなかった。


「まぁいいからいいから。……で、どう?」


 美雪は手帳を見ながら、スケジュールを確認する。

 特に今のところ、予定はなさそうだった。


「うん。大丈夫だよ」

「よかったー。それじゃ、また連絡するね。あ、あと誰にも言わないでね」

「……? 別にいいけど……」


 不思議そうにしながらも、小さく頷いて自席に戻る美雪を見ながら、亜希はにんまりと笑みを浮かべた。


 ◆


(……あれ? なんで陽太くんと行かないんだろ?)


 席でぼーっと考えていて、美雪はふと疑問に思った。

 亜希が陽太と仲良くしているのを、ついこの間見たばかりだったから。


(まぁいっか。部活もあるだろうし……)


 陽太は帰宅部の貴樹と違って、サッカー部でバリバリ練習しているから、テスト明けは忙しいのかもしれない。

 自分もちょうどケーキを作る練習を始めたばかりだ。

 プロのケーキをいっぱい食べる機会があってもいいかと、前向きに考えることにした。


 ◆


 その昼、学食で貴樹は陽太と向かい合って食事をしていた。

 不意に陽太が手を止めて、貴樹に話しかける。


「そうだ、貴樹に頼みがあるんだけど……」

「ん? どうしたんだ?」


 陽太がそういうことを言うのは珍しいことだった。


「えっと、土曜日空けておいて欲しいんだ。大したことじゃないんだけど、相談事があって」

「ここじゃダメなのか?」

「うん、悪いけど」


 歯切れの悪い返事に貴樹は訝しむが、いつも世話になっていることを思えば、頼み事を断るのは気が引けた。


「まぁ、別に用もないし。いいぜ?」

「悪いね。助かるよ」


 そう言うと、陽太は残りの食事に手をつけた。


 ◆◆◆


「……で、結局今回のテストはどんな感触?」

「ぼちぼちじゃないか?」


 3日間の期末テストを終えて、一緒に帰りながら美雪は貴樹に感触を確認する。

 時間はまだ昼過ぎだ。


「ふぅん。簡単だったし、みんな点良さそうだからね。ちょっと問題文がわかりにくいのとかあったけど」

「ああ、確かに。3回くらい読み直したよ、俺」

「問題ちゃんと理解するのは基本だからね。……また明日から厳しくするから、今日だけは多めにみてあげる」

「眠いしこのあと昼寝でもするよ。毎日遅くまで悪かったな」


 貴樹が礼を言う。

 毎日、深夜まで貴樹の部屋に来ては、要点を事細かに説明してくれていた。

 そのおかげで、美雪には「ぼちぼち」と答えたが、内心ではそこそこ自信があった。


「ま、まぁ……これだけ私が付き合ってあげたんだから、少しは成績上がってないと困るんだけどね」

「だと良いけどなぁ……」


 大きなミスがなければ、中間テストよりも良い成績が取れるはずだ。

 これで、次は3学期までテストがないから、しばらくは少し日常に戻ることになる。


「あ、そうそう。私、土曜日は用事あるから」

「へー、珍しいな」

「ってわけだから、朝は自分で起きなさいよ。昼まで寝てるとか論外だからね」

「へいへい。――あ、そうだ。俺も用事あったんだ。忘れてたよ……」


 美雪の話に、貴樹も陽太から頼まれごとをされていたのを思い出した。


「私になら別に良いけど……。約束すっぽかしたりとか、他の人に迷惑かけちゃダメだよ?」

「わかってるって」


 軽く答えつつも、貴樹はテストに集中していて完全に忘れていたことを反省していた。


 2人の家に着くと、別れ際に美雪が聞いた。


「――あとでゲームしに行ってもいい?」

「どうせ昼寝してるから、好きにやっていっていいぜ」

「やった。それじゃ」

「ああ。またな」


 軽く手を上げて別れると、それぞれ家の鍵を開けて入る。

 貴樹は部屋に入り、机の上に鞄を置く。

 そして、制服の上着を脱ぐと、すぐにベッドに寝転がった。


「あー眠い」


 テスト期間中は、ほとんど毎日深夜まで勉強をしていた。

 それもずっと美雪がつきっきりだったから、サボることもできない。

 ようやく一息つくことができると、大きな欠伸をして――そのまま眠りについた。


 ◆


「……ふふふのふ」


 それからまもなく、貴樹が寝ただろう頃合いを見計らって、私服に着替えた美雪が部屋にこっそり現れていた。


「じー……」


 ベッドの脇に座り込んで、間近から彼の寝顔をじっくり堪能する。

 毎朝の日課でもあるが、彼女の楽しみのひとつだ。


(今日は寝たばっかりだろうし、起きないよね……)


 朝なら起きるまでの短い時間しかないけど、今日はたっぷり時間がある。

 ゲームもしたいけど、今の優先度はこちらの方が高い。


 しばらく彼の顔を眺めていると、同じく寝不足の美雪もだんだんと眠くなってきて、つい大きな欠伸をした。


「ぁ……ふわあぁぁ……」


 目の前には大好きな彼が寝ていて、気持ちよさそうな暖かい布団もある。

 それに抗うのは……できなかった。


(今なら……こっそり寝て先に起きたらバレないよね……?)


 そう考えて、美雪はぐっすりと寝ている彼の横にそっと潜り込むと、自分も目を閉じた。

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