第16話 ダメだったら、ここにいないよ……?
「あの時のことって……美雪の?」
「うん……」
「そうか」
小さく頷く美雪に、貴樹はそれ以上何も聞かなかった。
それはふたりで共通認識になっている出来事だから。
貴樹は勉強道具を片付けて、「すぐ風呂入ってくる」と一言伝えて部屋を出る。
美雪はそれを視線だけで追いかけた。
しばらくして寝巻き姿で戻ってきた貴樹は、さっきまでと変わらず座っている美雪に言う。
「寒いんだから、座ってると風邪引くぞ」
「……大丈夫。貴樹が温めてくれるでしょ?」
上目遣いで不安そうな顔をしながら、美雪が呟く。
「……本当に帰らないのか?」
「うん……。この前だって一緒に寝たよね? もう今更だよ」
あの時と違うかと言われれば、違うような、違わないような。うまく答えられなかった。
ただ、これほど不安そうにしている美雪を追い返すわけにもいかなかった。
なによりも――あの事件が彼女にとって忘れたい記憶であることは、貴樹もよく知っていた。
「わかったよ。ほら……」
「うん。ありがとう……」
狭いベッドの端に寄って貴樹が寝転がると、反対側に美雪が滑り込む。
枕は準備していなかったから、クッションを代わりに使った。
「……貴樹があったかい」
「そりゃ、風呂入ったばっかりだからな」
身体が冷えていた美雪は、じりじりと彼の方に寄っていく。
もうここまできたら一緒だとばかりに、殆ど隙間がないほど密着すると、柔らかい膨らみが彼の腕にふにっと当たった。
(うわ……。意外と……胸あるんだな……)
前回添い寝したときと違って、ふたりを隔てているのはパジャマだけ。
その柔らかさがよくわかった。
「近……すぎないか?」
「だって寒いんだもん。……だめ?」
「……お、俺は別に良いけど……美雪は?」
「ダメだったら、ここにいないよ……?」
その言葉にどこまでの意味が込められているのか、貴樹には図りきれなかった。
ただ、今は不安そうな彼女の希望通りにするだけだ。
「そうか……」
貴樹は一言呟くと、目を閉じた。
その横顔に美雪が声をかける。
「……貴樹、ありがとう。いつも助けてくれて。……私が本当に頼れるの、貴樹しかいない。だから、私ができることなら……なんでもするよ? 勉強教えるくらいしか、私にできることなんてないけど……」
「……そんなことないだろ?」
「あとは、メイド服で起こしにきてあげるくらいかな。……あはは」
小さく笑いながら、美雪もそっと目を閉じた。
(あったかいなぁ……)
彼の腕にしっかり掴まって、美雪は心のなかで呟いた。
不安だった気持ちも、彼が側にいてくれることを思えば、もう全く気にならなかった。
なによりも、いつも自分の頼みをふたつ返事で聞いてくれる彼が大好きで。
そんな彼にこうして寄り添っていられることが嬉しかった。
その温もりが優しくて――徐々に美雪の意識には霞がかかっていった。
一方そんな状態ですぐに寝られる貴樹ではなく。
ただ、安心して寝息を立て始めた美雪を起こさないよう、じっと動かず……何も考えないように努めていた。
とはいえ、睡魔には勝てず、いつのまにか寝てしまっていた。
◆
「……そろそろ起きる時間だよ?」
周りがまだ暗い時間。
美雪は貴樹の耳元で囁く。
とても……とても名残惜しいけれど、そろそろ起きて学校に行く準備をしないといけない。
「ん……? もう朝か……?」
「うん。あと少しだけ時間はあるけど……」
時計を見ると、いつも美雪が起こしに来る10分ほど早い時間だった。
「……初めて、お泊りしちゃった。えへへ」
はにかみながら、美雪は彼の方にピトッと体を寄せる。
もうここまで来たら、ちょっとくらい恥ずかしいのは気にならなかった。
(ヤバ……めちゃめちゃ可愛いな、美雪のヤツ……)
いつもは度のキツい眼鏡越しに見ている顔だが、眼鏡がないとこんなにもクリッと大きい眼をしているのか。
少し潤んだそれが、じっとこっちを見ている。
「……ど、どうしたの?」
目が合ったまま貴樹がしばらく見惚れていると、気まずくなった美雪は恥ずかしくなってきた。
「いや……こうして優しく起こしてくれるのなら、良いかなって」
「……その方がいいなら、今度からそうしてあげてもいいけど……」
それだけ言うと、口元を緩めた。
そしてまたしばらく時間が流れ、ふいに貴樹が聞いた。
「なぁ、今思ったんだけど、パジャマで来ててこのあとどうするつもりだ?」
「え、ちゃんと制服も持ってきてるよ? ここで着替えたらバレないよ、たぶん」
美雪はペロッと舌を出して笑う。
(……そういうとこは抜かりないな、美雪のやつ)
あれほど不安そうに見えても、ちゃんと後のことまで考えてるところが美雪らしいと思えた。
もし、将来美雪と付き合うにしても、それ以上の関係になるとしても。
きっといつも彼女の手のひらの上で踊らされるのだろう。
そういう未来を想像した。
(まぁ、それもいいか……)
でも、もうとっくに慣れてしまった。
貴樹は片手を伸ばして、少し寝癖の付いた美雪の髪を整えるようにそっと梳く。
艷やかな黒髪が指の間を抜けていく感触が気持ちよかった。
「そういうところ、美雪はすごいなって思うよ」
「……貴樹が私を褒めるなんて、珍しいね」
美雪はそう言いながらも、自分の髪を触る彼の手が気持ちよくて、目を閉じて彼の方に少し頭を向けた。
もっと撫でてほしいとばかりに。
「こうしておけば小言言われずに済むだろ? はは……」
「むむむ……」
美雪は眉を顰めつつも、「まぁいいか……」と心の中で呟いて、しばらくそのまま頭を撫でてもらうことにした。
◆
美雪は一度家に帰って、学校の準備をしてきてから、改めて彼を迎えに来ていた。
ふたり並んで学校に向かいながら、バツが悪そうに貴樹に言う。
「……でね、結局お母さんにはバレちゃってた」
制服を着て家に帰ったものの、母親の雪子にあっさりバレてしまっていた。
顔を見た瞬間に『おめでとう!』と言われて目を丸くしたのはここだけの話だ。
もちろん、『そんなんじゃないから!』と否定をしておいたが、伝わったのかどうかは分からなかった。
「まぁ、そんなもんだよな。……怒られたりは?」
「それは全然。むしろ喜んでた」
「なんだそりゃ」
「あはは、なんでだろーね?」
訝しげな顔をした貴樹に、美雪は少し含んだ笑顔で返した。
◆◆◆
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
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