第18話 眠くなって、つい……

 貴樹が目を覚ますと、すでに時刻は16時を回っていた。

 冬だということもあり、周りは少し薄暗くなってくる時間だ。


「――ん?」


 そこでふと気づく。

 いつの間にか、同じ布団で美雪がぐっすりと寝息を立てていることに。


「…………すぴー」


 気持ちよさそうに寝ているのを見て、起こすのも気が引ける。


(そういえば、ゲームをしに来るって言ってたな……)


 とはいえ、ゲームをしていた形跡もない。

 貴樹は美雪を起こさないように、そっとベッドから抜け出すと、冷え込んだ部屋のエアコンのスイッチを入れた。


「どうすっかなぁ……」


 まだ眠気が完全に抜けていない頭で、ぼーっと考える。

 美雪も自分と同じく……というよりも、たぶんそれ以上に寝不足のはずだ。なにしろ、毎日かかさず深夜までこの部屋に来ていたのだから。

 そう考えると、特にこのあと予定があるわけでもないし、自分から起きるまでそのまま寝かせておくことにした。


(それは良いんだけどな……。何考えてんだろ、美雪のやつ……)


 物心着く前から一緒に過ごしていたとはいえ、今はもう思春期真っ只中。

 美雪は気にしてないのだろうが、自分は気にしないというのは無理だ。


 それまでほとんど意識もしていなかったのに、メイド服を着てくるようになってから、どうしても異性として見てしまう。

 口の悪さはともかく、いつも世話を焼いてくれるのには感謝していたし、なんだかんだで頼ってもくれる。それに、どこから見ても間違いなく可愛い。


 そんな彼女が、襲ってくれとでも言わんばかりに、堂々と無防備な姿を自分に晒しているのだ。

 貴樹の自制心を試しているんじゃないかと思えるほどに。


(……とは言ってもなぁ)


 だからと言って、もし手を出したりしたら、一生頭が上がらなくなるのは間違いない。


「……ったく。そのうち本当に襲っちまうぞ」


 小さく呟きながら、貴樹は気持ちよさそうに寝ている美雪の頭をそっと撫でる。

 起きるような気配はないが、ほんの少し、彼女の頬が緩んだようにも見えた。


 しばらく髪を触ったあと、貴樹は頭を振って煩悩を払うと、イヤホンを付けてスマホで動画でも見ることにした。


 ◆


「……おーい、そろそろ起きた方がいいぞ?」


 それからも全く起きる気配のない美雪だったが、貴樹の家の夕食の時間になったこともあり、流石にそのままにはしておけず、起こすことにした。


「……んんー?」


 耳元で呼びかけると、美雪は唸りながらごろんと寝返りを打つ。

 しばらくの間、目を閉じたまま頭をぐるぐる動かしていたが、やがてゆっくりと目を開けた。


「あっ……」


 そのまま貴樹と目が合って、小さく驚きの声を上げた。


「よく寝てたな。もう晩飯の時間だぞ?」

「あ……えっと……?」


 いまいち状況が理解できなかったが、どうやら自分は貴樹に起こされているようだ。

 確か……。

 気づかれないように、こっそり添い寝をさせてもらうつもりで……。


 しかし、どう考えても言い逃れできない現状に、美雪は開き直った。


「た、貴樹の部屋に布団があるのが悪いのよっ……」

「いや、あるだろ、ふつー」

「…………」

「ま、まぁ別にいいけどよ。わざわざ俺の部屋に来てから寝なくても」


 貴樹に指摘されて、美雪はぷくーっと頬を膨らませた。


「も、元々は寝に来たんじゃないし! 三大欲求に逆らえなかっただけだからっ!」

「まぁ、それは良いけどよ。……で、早く晩飯に帰った方が良いんじゃないか?」

「あ……。そ、そうよね」


 慌てて体を起こして、美雪はベッドから降りる。


「そ、それじゃ、また明日……!」


 視線を泳がせつつも、そそくさと部屋を出ていく美雪を目で追って、貴樹も夕食のために部屋を後にした。


 ◆


「あー、私のバカバカバカ!」


 美雪も夕食を食べたあと、部屋に篭って頭を抱えていた。

 あれじゃ、昼寝をするために彼の部屋に行って、図々しくもベッドを占拠して寝ていただけだ。

 色気も何もあったもんじゃない。

 ただ、どうにも自分は睡眠欲に弱いらしいということを自覚した。


 クリスマスまでにもっと関係を深めたいのに、この調子だと何も進展がないのではないかと焦る。

 いや、関係自体は家族同然のレベルで深いはずだ。

 ただ自分はそういう関係を望んでいるんじゃなくて、もっとこう……。


「なのに、あんな無神経な女! ってなったらダメなのにぃ……」


 美雪は今日の行動を反省する。

 彼の前でただ寝ているだけで、実は勝手に意識してくれているなどとは夢にも思っていなかった。


 ◆◆◆


「美雪ちゃん、おはよー」

「おはよう、亜希ちゃん」


 金曜日の朝、学校に登校した美雪に、いつものように亜希が挨拶をする。

 期末テストが終わってピリピリした雰囲気が抜け、周囲が冬休みに向けてワクワクした空気になってきていること以外、何も変わらない日常だ。


 亜希は周りに聞こえないように、小声で美雪に耳打ちした。


「あのね、謝らないといけなくて……」

「え、どうしたの?」

「明日なんだけど、どうしてもバイト行かないといけなくなっちゃって、ケーキバイキング行けなくなったの」

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