第4話 ……助けて……!

「……ん?」


 下校しようと貴樹を引き連れて、美雪が下駄箱から靴を取ろうとしたとき、中に手紙が入っていることに気づいた。

 まだこの高校に入学して1年も経っていないが、これで4回目だ。

 それを見ていた貴樹が軽口を叩く。


「また物好きからの呼び出しか?」

「はぁ、面倒ね。……あれ? これ、この前と同じ人……」


 うんざりしながら美雪がため息をついた。


「この前って……2週間くらい前の、テニス部の先輩か?」

「うん。懲りないわね……」

「モテそうな先輩だったよな。イケメンだし。……なんで断ったんだ?」


 貴樹が聞くと、あからさまに機嫌が悪そうな顔をして睨む。


「私、あーゆー人嫌いなの。貴樹だって知ってるでしょ?」

「じゃあ、どんなのが良いんだよ?」

「それは……」


 『目の前の男!』などと言えるはずがなくて、美雪は口ごもった。

 代わりに声を上げて誤魔化す。


「そんなことどうでも良いでしょ! ……ちょっと待ってて。また断ってくるから」

「へいへい」


 貴樹はそう言うと、指定された場所――部室棟がある方――に向かう美雪を見送った。


 しばらくやることもなくぼーっとしていると、不意に声がかけられた。


「なぁ、貴樹。……ちょっと良いか?」


 ◆


「はぁ……めんどくさい」


 悪態を吐きながら、美雪はひとり人気のない部室棟の奥に向かう。

 前回も同じ場所で、テニス部の2年生――手紙には武田と書いている――に付き合ってくれと言われて、即答で断ったのだ。

 そもそも、美雪は誰に告白されても付き合うつもりなどないのだから。

 例外がひとりいるが、残念ながらその彼が告白してくれるようなことは今までなかった。


 指定された場所に着くと、見覚えのある顔の男がひとり。

 短めの茶髪、身長も高くて運動神経が良さそうに見える。部活のユニフォームなのか、テニスウェアを着ていた。


「また呼び出してすまない。清水さん」

「いえ、それは良いです。……それで、武田先輩。どんな御用でしょうか?」


 先輩ということもあり、美雪は失礼にならない程度に返答する。


「前回は断られたけど、君のことが諦められない。それに、もっと俺のことを知ってもらえれば、気が変わると思う。まずは友達としてでも良いから、付き合ってもらえないだろうか?」


 武田先輩は胸を張ってそうアピールした。

 真面目な顔でそれを聞いていた美雪だったが、「ふぅ」と一呼吸置いてから、答えた。


「せっかくのお話ですけど……前回も言ったとおり、私は武田先輩の好意に応えることはできません。ごめんなさい」


 言い終えたあと、美雪はしっかりと頭を下げて反応を待った。

 最初は爽やかな笑顔を見せていた武田先輩だったが、美雪の言葉を聞き終えたあと、眉間に皺を寄せた。


「……どうしてもか?」

「ええ。どうしても、です」


 美雪がはっきりと言い切ると、武田先輩は「チッ」と小さく舌打ちした。


(……なにか……嫌な予感がする)


 美雪は怪訝な顔で武田先輩を見る。


「……また俺に恥をかかせるつもりか?」

「そんなつもりはありません。武田先輩であっても、別の人だったとしても、私は断りますから」

「そういうことを聞いてるんじゃない!」

「――――っ!」


 急に声を荒らげた武田先輩に、美雪はビクッと肩をすくめて一歩後退った。

 そんな彼女の様子に、武田先輩は口元を歪めて言った。


「――おい、お前ら! この失礼なガキに男を教えてやろうぜ!」

「えっ……!」


 その声に呼応して、美雪を挟むように建物の影から出てきたのは、武田先輩の友人達と思われる男3人だった。


「俺に恥をかかせた罰だ。――泣き叫ぶまでめちゃくちゃにしてやる」


 ◆


「――ちょっと嫌な噂を聞いたんだけど」


 下駄箱で待っていた貴樹に声をかけたのは、友人の陽太だった。

 陽太はサッカー部で、1年ながら有望な選手として名を馳せていて、今もサッカー部のTシャツを着ていた。


「どうしたんだ? 相変わらず情報通だな」

「はは。……でさ、ちょっと前に清水さんに告って玉砕して噂になった先輩いただろ? なんか、報復しようって人を集めてるらしい」

「マジか……! それ……さっき、美雪が呼び出されて行ったばっかりだぞ!?」


 貴樹の話に陽太は顔をしかめて、慌てて声を上げた。


「それヤバいよ! 場所わかる? 貴樹は早く行ってあげて。――俺はサッカー部の仲間連れてすぐ行くから!」

「――クソ! たぶん部室棟のほうだ。頼む」

「うん。任せて!」


 そう言い合うと、貴樹と陽太は二手に分かれて走った。


 ◆


「……は、恥ずかしくないの? そんなことして……!」


 美雪は精一杯強がりながら、眼前の武田先輩に言った。

 ただ、その声は震えていた。


「別に。俺の女にならないなら、もうどうでもいいよ」


 美雪は視線だけを周りに向けて状況を確認する。


 逃げるにしても、完全に周りを塞がれていた。

 それに美雪は運動が全く駄目で、足の速さにも自信がない。

 運動部の男子を振り切って逃げるようなことは、できそうにもなかった。


 それに、あえてこの場所を指定してきたということは、声を上げても届かないのだろうと予想できた。


「…………」


 美雪は不安を顔に出したまま、無言で歯噛みする。


(貴樹……助けて……! お願い……!)


 自分が本当に困ったとき、いつもなんだかんだと助けてくれる彼の名前を頭で呟いた。

 もしかしたら、帰りが遅い自分を気にして探しに来てくれるかもしれないと。


 そして――。

 その願いは叶えられた。


「……おい、何しようとしてんだ?」


 聞き慣れた、安心する声。

 それが耳に届いたとき、ぱっと美雪の笑顔が弾けた。

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