第3話 ――絶対負けないんだから!
美雪に引っ張られるようにふたりが駅に着くと、同じ制服を着た生徒が何人かいた。
そのうちのひとりが貴樹に声をかける。
「オッス、貴樹!」
「よお、陽太。今日は冷えるな」
「だなー」
陽太は貴樹より少し幼い顔立ちで、名は体を表すというか、いつも明るい性格をしていた。
貴樹の中学時代からの友人だった。
つまり、美雪のこともよく知っている。
「清水さん、おはよう」
陽太は美雪にも声をかける。
『清水』というのは美雪の苗字だ。『美雪』と下の名前で呼ぶのは、子供の頃からの付き合いがある貴樹くらいだった。
「おはよう。陽太くん」
美雪はいつものように、にっこりと笑顔で挨拶を返す。
基本的に美雪は誰に対しても友好的だ。
その唯一の例外が貴樹と言ってもいい。
自動改札を通り、3人でホームに向かい、到着した電車に乗る。
陽太と時間が合ったときは、だいたいこんな感じに3人で高校に向かうのが日常だ。
「……でさ、陽太が言うから行ってきたよ」
「え、もう行ったんだ。どうだった?」
「アレはヤバいな。今週も行こうかなって」
「マジかよ……」
電車の中、美雪は一歩引いて、貴樹と陽太の会話を耳にしながら、窓の外の景色を眺めていた。
(……「行った」ってのは……もしかしてメイド喫茶のこと? ――って、今週も行くって⁉︎)
表情には出さないようにしつつも、聞き漏らさないように聞き耳を立てる。
「ああ。行って分かったけど、あのサービス精神すごいよな。プロだよ」
「だよな。僕も思ったよ」
「格好だけじゃないんだよなー」
美雪は誰にも気づかれない程度に眉を
(……むむぅ。これはもっと勉強しないとダメね……)
ふたりの会話を聞きながら、美雪は優等生らしく次の目標を定めた。
◆
「おっはよー。ふたりとも、今日も早いねー」
美雪と貴樹が教室に入ると、先に来ていた女子から底抜けに明るい声が響く。
「おう、おはよう亜希。そっちのが早いじゃんか」
「アタシはね、早く来て早く帰るのがモットーだから」
そう言って亜希は白い歯を見せた。
少しウェーブをかけて明るめに染めた茶色の髪と、短めのスカート。それだけを見れば亜希は遊んでいるようなタイプに思える。
ただ、外見ではそう見えても、実はそこそこ成績が良いらしい。美雪には敵わないにしても。
「おはよう、亜希ちゃん」
美雪も挨拶しながら、自席に荷物を置く。
そしてすぐに貴樹の席に向かう。
「ほら、早く課題出しなさいよ」
「わーったよ」
貴樹がめんどくさそうに答えると、亜希が茶化す。
「あー、今朝も美雪ちゃんの個別指導塾が開講するんだー。いいなー」
「美雪は細かいからなー。疲れるぞ?」
貴樹の言葉に、美雪はムッとした顔を見せた。
「貴樹が大雑把すぎるのよ」
「そうか? 俺は普通だと思うんだけど……」
「口答えしないの! 早くしないと、みんな来るでしょ!」
「へいへい……」
ようやく課題を取り出した貴樹の横から、美雪は身体を寄せた。
「えっと……。こことここ、公式違うよ。あと、コレは……途中式で間違えてる。もっと集中してやりなさいよ。バカね」
「……よくパッと見ただけで分かるな」
「当たり前でしょ。同じ課題やってるんだから」
美雪の言うことは確かにその通りだと納得する。
ただ、貴樹は知らない。
彼女がこの個別指導のために、毎日どれほど勉強して準備してきているかを。
◆
「そうだ、亜希。今週のシフトってどうなんだ?」
休み時間、教室移動の時に亜希を見つけた貴樹が声をかけた。
「土曜の11時から15時だよー。また来てくれるのー?」
「ま、暇があったらな」
「りょーかい。サービスするからねー」
さりげなくその会話に聞き耳を立てていた美雪は、貴樹が離れるのを待ってから、亜希に声をかけた。
「亜希ちゃんってバイトでも始めたの?」
「ん、そだよー。うち母子家庭だからさー」
「大変だね。バイト先ってどんなところ?」
「まぁ……いちおうカフェ……かな? あ、そだ。初回クーポンあるからあげる。誰かにあげてくれてもいーよ」
亜希が手提げ鞄から出して渡してきたチケットには、見覚えのある店名が書かれていた。
そう、貴樹が先日行っていた、メイド喫茶の店名が。
「ここって……」
「あははー。ちょい恥ずいけど、時給良いんだよね。あ、さっきのクーポン、貴樹クンはもう使ってくれたから、あげてもダメだよ」
美雪はようやく理解できた。
彼がメイド喫茶に行ったのは、亜希からチケットを貰ったからなのだと。
(ってことは、元々貴樹の趣味じゃないってコト……? あ、でも……今週も行くとか言ってたし……)
割引だけが目当てなら、何度も通うことはないはず。
となると、一度行って興味を持ったということか。
確かに亜希はスタイルも良いし、底抜けに明るいから、きっとそういう仕事には向いているのだろう。
美雪は自分の油断に歯噛みする。
事前に察知して阻止できなかったことを。
「……美雪ちゃん?」
難しい顔をしていた美雪を心配して、亜希が声をかけると、慌てて答えた。
「あっ、ごめんね。チケットありがとう」
「あははー、チケット配るのも仕事だからねー」
それから2人は無言で移動先の教室に向かう。
(こうなったらもう仕方ない。――絶対負けないんだから!)
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