第3話

 ——そんな昔の回想に浸りながら。ヒトの放った金属の矢を背にうけた不死鳥は、今まさにその命の灯火をかき消そうとしていた。

 不死鳥が降り立ったのは、人々が数刻前に退いた戦場の跡だ。死者と戦火と混じった、焦げた匂いの中。生きる命が視えないこの場所で、誰にも自身の翼も灰も渡してなるものかとただただ己の命の尽きるときを待っていたという。


(ああくだらない。ヒトも獣も、権力争いや力の誇示に他の命を侵そうとする愚かな生き物なんだ)


 燃えるように熱かったはずの翼と背が、急速に冷えていくのを感じる。鼓動と共に、傷口から自身の命が溢れていくような感覚さえした。

 どんな生き物の声にも耳を傾けず冷酷であったと思う自身が、この時になってようやく熱を持った生物だったのかと実感できるようで、薄れゆく意識の中でいてなお嘲笑さえ浮かんでくる思いでもあった。


 ほんの数拍、物思いに耽っていたからだろうか。それとも弱りきっていたからなのかもしれない。

 不死鳥は自身に近づいた小さな足音に全く気づいていなかった。


「触るなっ!!」


 背に深く食い込んだ矢がぐいと動く感触に、背後を取られたと感じた不死鳥はその翼で見えない背後の影を払い除けた。


「わっ」


 じりっと肉の焦げたような灼けついた皮膚の匂い。

 睨め付けた先には、助からないとこの地に置いていかれたのであろう、血だらけの兵士が倒れていた。


「わたしの血は決して渡さない。翼も、灰も、貴様らのような欲深い生物には」

「……俺にはいいよ。だけど、もしキミが本当に不死鳥なら……せめてその武器は抜かないと飛べないだろう」


 何を言うか、と不死鳥はひと思いに兵士を焼き殺してやるつもりでいた。


「せめて、その傷が癒えたら。これだけ酷い場所になってしまったこの土地の……生き物たちだけでも」


 それでも矢を抜こうとする兵士の目はすでに光を失いかけている。ヒトとは、そこまでして最期に善な行いをして救われたいと願うのだろうか。不死鳥は抵抗する力も残っていない兵士に、所詮自身も死ぬ身なのだと背中を差し出した。


「小さい頃、小鳥を拾ったんだ。少し飛ぶのが下手で、俺はあの子が大好きだった。キミを助けて罪滅ぼしをしたいわけじゃないんだ……だけど、そんなに長く飛べないあの子もまた不死鳥だったって狙われて」


 不死鳥はハッとした。

 けれど、一本、また一本と矢を抜いた彼の傷口からは既に取り返しのつかないほどに命の輝きがこぼれ落ちていた。


「そんな飛べない不死鳥のことなんて忘れろ、きっともうこの世にはいないはずだ」

「不死鳥は……死んだら灰の中から蘇る、って。昔話を信じても……いい、かな。今度生まれたら、ちゃんと飛べるように。なぁ不死鳥、もしも世界のどこかであの子に会えたら、その時は——。あの子の名前は……」



「ばかだなぁ……」


 冷たくなった兵士の頬を翼でそっと撫でて不死鳥は呟く。


「血を舐めるくらいの狡猾さを、お前は持つべきだったよ——ルーク」


 無理やり生かすことを、きっと彼は望んでいなかった。

 そっと愛しい者の焼ける焔の中で身を癒しながら、彼の魂はもうこの骨や灰の中には残っていないんだと不死鳥は気づく。

 嗚呼、一緒に焔の中に逝くことも叶わぬのかと不死鳥は自嘲気味に囀った。


「喩えその視界にわたしがもう映らずとも——お前の存在はわたしは覚えておくよ」


 不死鳥の涙と、焔と、灼けた骨。

 羽の燃えたあとの灰。

 その焔の中に心も魂も、存在は残らない。

 けれどその輝きが道標として、不死鳥の中に残り続けていた。




 時を戻す砂時計hourglass、それを逆さにすると人生の中で一番後悔していた時間に戻ることができるという。


 その砂時計Hourglassは、世界に一羽しかいない——輪廻を繰り返す不死鳥が生み出し、持っているという。

 

「わたしの命は永いんだ。また来世で会えることを夢見て……いつまでも飛ぼう」

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Afterlife すきま讚魚 @Schwalbe343

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