第6話
「ねえ、おかあさん、早く台所からでてきてよ」
子猫のななちゃんは、台所にいるおかあさんを呼びました。ななちゃんは、以前台所でいろんな物を落っことしたので、立ち入り禁止なのです。ななちゃんが台所に入らないよう取り付けられた柵の隙間から、おかあさんを見つめます。
「ちょっと待っててね、今いいところ」
おかあさんはスマホでアニメを見ながら、夕飯の仕込みをしていたのですが、いつのまにか仕込みよりもアニメに夢中になっています。
「長い時間会えなかった恋人同士が再会するのは感動だなあ。けれど、結婚したからってこの後の幸せが続くとは限らないのよね」
おかあさんは、日向夏さんの『薬屋のひとりごと』という小説がすきです。マンガも買いました。こんどはアニメです。芙蓉妃のエピソードを見ての感想ですが、それでも恋が実る瞬間というのはなぜこんなにも魅力的なのだろうとおかあさんは拳を握ります。尊い。おかあさんは、いつもこのようなキュンとくるシーンを見ると、横隔膜の辺りがギュンとします。胃の下、腸ではない、謎の臓器があるのでしょうか。なんとも言えない感覚です。でも、ギュンは瞬間の感覚であって継続はしないのです。こんなに魅力的なのはなぜかしら、と考えてみると、それがおかあさんの心には帰ってこない一瞬だからかな、という考えに至りました。おとうさんに出会った当初と同じ感情を抱くことはありません。恋しい人から、今は家族になって、また違う形の関係になっています。
「ときめきよねー」
「なにそれ、ななちゃんのオヤツ?おかあさんまだでてこないの?」
ななちゃんが、さっきと同じ場所でじいっとおかあさんを見つめています。
「早く出てきてななちゃんをなでなでしてよ」
名残惜しいのですが、Amazonプライムのアニメは三話までしか公開されていなかったので、続きは見ようもありません。おかあさんはすでに夕飯の仕込みを終えていたので、台所を出ました。ななちゃんがすかさず、おかあさんのあしもとに擦り寄ります。
「ほら!スマホ見てないでななちゃんをなでるの!」
おかあさんを見上げていたななちゃんは、まだ画面を見ているおかあさんに飛びつきました。おかあさんは困ったような嬉しそうな顔でごめんね、と言いました。さて、次はどんなときめく物語を読もうかな。おかあさんはアニメの最新話が更新されるまで、ななちゃんを撫でながらカクヨムをさまようのでした。
おかあさんとななちゃん @nypanchi
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