第5話
「おかあさん、それなあに?とっても重そう」
おかあさんの手の中にある黒い物体に、子猫のななちゃんは顔を寄せてにおいを嗅ぎました。
「カメラだよ。写真を撮る機械」
おかあさんはレンズをななちゃんに向けました。フラッシュが光らないように入念にチェックしてパシャリ。
「とってもかわいく撮れたよ」
おかあさんはご満悦です。おかあさんはおとうさんと結婚する前から、フィルムカメラで写真を撮るのがすきでした。人間の子どもでお兄ちゃんのはるくんが産まれたことをきっかけに、デジタルカメラを購入しましたがうまく使いこなせずにカメラは部屋の片隅に追いやられていたのです。
「あれ、どうしてななちゃんと同じ顔した猫が、小さな箱の中にいるんだろう」
ななちゃんはカメラを嗅ぎ回ります。おかあさんは、人間の子ども、妹のゆかちゃんのママにカメラの使い方を聞いてから興味が湧いたので、部屋の隅から取り上げました。そして、ずっと使っていなかったほうのレンズにはめ替えて、写真を撮ってみたのです。
「背景がボケていい感じ」
ピントの合ったななちゃんははっきりと写り、背景や手前の景色はぼんやりしています。おかあさんが撮りたかった写真の雰囲気はまさにこれでした。おかあさんは言葉に表すのが苦手です。たくさんの考えが頭の中にいるのに、それを最適に表す言葉が瞬時に思い浮かばないのです。口に出してみては違うと感じ、がっかりしたりしょんぼりしたりして、話すことをやめてしまったりします。そして、最近やっとおかあさんの考えや気持ちを表すことに適しているのが、絵ではないのかとたどり着いたのです。絵、あるいは図。色、そしてそこに新たに写真が追加されました。言葉以外の方法で表現してみよう。おかあさんはうきうきしはじめました。そんなおかあさんをみてなはちゃんもなんだかソワソワしてしまいます。
「お散歩しながら、写真をとってみよう」
おかあさんが外出するための支度を始めました。
「ねえねえ、ななちゃんにおみやげわすれないでね。絶対だよ」
あちこちと部屋の中を忙しなく歩き回るおかあさんの足元で、ななちゃんが甘えた声をあげます。
「帰ってきたらたくさん遊ぼうね。おやつも食べようね」
そう言いながら扉を閉めたおかあさんを、ななちゃんは玄関で見送りました。
「たまには、ひとりでしずかにすごすのもいいか」
ななちゃんはリビングに戻って窓際のお日様がたくさん当たる特等席にごろりと横たわりました。お日様の光で、ななちゃんの背中の毛がつやつやと光っています。
「おかあさんのおみやげ、何かな?」
おかあさんがエノコログサを持って帰ってくる姿を想像しながら、ななちゃんは眠りにつきました。
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