第4話

「ねえねえ、ななちゃん。不機嫌なとき、顔に出さずにいるにはどうすればいいかなあ」


 おかあさんは、足元でごろりんとお腹を見せた子猫のななちゃんに、尋ねました。


「ななちゃんわかんないや。だってななちゃんのお顔は変わらないんだもん。いらいらしたら、尻尾を振るけど」


 おかあさんの人間の子どもたちは、まだ小さくて手加減がわかりません。ななちゃんがくつろいでいる時やそっとしておいてほしいときでもお構いなしにななちゃんを撫でたり構ったり抱き上げたり。そんなときななちゃんは控えめにひゃーっと声をあげてみせます。ですが、そんなななちゃんの訴え虚しく、彼らは怯みません。おかあさんがななちゃんの声と、それからパタパタ動く尻尾に気づいて、やめなさい、と止めるまで、人間の子どもたちの手は止まらないのです。


「気持ちって出ちゃうわよねえ」


 おかあさんはななちゃんの無防備なふわふわのお腹に思わず手を伸ばしましたが、尻尾がパタパタ揺れたのをみて手を引っ込めました。


「だって、表現しないとやめてくれないじゃない」


 ななちゃんが、むっとしたような顔をした気がします。おかあさんは、ごめんねと言って頭を撫でました。


「でもねえ。人間は言葉で表現することもできるし。不機嫌ハラスメントなんて言葉もあるのよ」


 おかあさんは苦い記憶を振り返りました。おかあさんのおとうさん、ななちゃんや人間の子どもたちからするとおじいちゃんは、たいていいつも不機嫌でした。お腹が空いたから。面白いことがなくてつまらないから。仕事仲間が思い通りに働かないから。おばあちゃんが自分のしてほしいことをすぐ叶えてくれないから。事あるごとにため息をついて、物をカタカタゆすったり、扉を乱暴に閉めたり。声に不満を滲ませて、ありとあらゆる態度で今不機嫌であるという表現をします。おかあさんはそれがとても嫌でした。そして、今同じようなことをしてしまっているのではないかという不安に駆られています。


「おかあさんはどんなとき、不機嫌になっちゃうの?」


 ななちゃんはおかあさんの指先をやさしくカミカミしました。


「おかあさんは眠いのに、はるくんやゆかちゃんが寝かせてくれない時かな」


「そっかぁ、おかあさん眠たいのに、がんばって起きてるんだね。ななちゃんなら、すぐ寝ちゃうよ」


 ななちゃんはおかあさんの指を、今度は労るように舐めました。


「おかあさん、今はみんな寝ちゃったから、ななちゃんといっしょにたくさん寝ようね」


 ななちゃんは、おかあさんの肩に飛び乗って頭をすりすりしました。おかあさんの悩みは尽きませんが、今は少しだけ忘れてななちゃんのふわふわに触れながら寝てみようかなと思うのでした。


 

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